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若鮎VSサーモン

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 ◇メジロクインが難産のすえに娘を産み落として夭折した夜、馬房の窓からカミソリのような月が覗いていた。その「カミソリのような月」が脳裏に焼きついた。母の菩薩を背負って走れ、との思いで名付けられたメジロボサツ(父モンタヴァル)という、歯を食いしばってけなげに走る小柄な少女のイメージとともに。

 ◇三日月と菩薩、月と馬…といった画布や銀幕にも投影できそうなイメージによって、超越的なパワーが喚起され、尋常では成しえない大業が達成される。そういう具体例を、王将・中村修に教えられた。

 ◇弱冠23歳で三冠王・中原誠から王将位を奪取した「不思議流」の天才棋士・中村修は、聞きしにまさる酒豪だった。神楽坂の『京家』で〝併せ馬〟をさせていただいたとき、ウイスキーの飲みっぷりの凄さに意表を突かれて気圧された。なぜそういう機会を得たかというと、実はオサムさんは知る人ぞ知る競馬通なのだった。

 ◇競馬エイトの千葉靖春トラクックマンが将棋好きで親交があり、厩舎人の「将棋愛好会」の招きで見学を兼ねて美浦トレセンに出張指導に赴くことになった。そのとき、騎手(棋士ではない)会の要請を受けて講演もした。ひととおりの話が終わったあと、リーディング上位の某騎手から、王将に質問が出た。「われわれは、競馬に乗る前にいろいろ展開などを考えるけど、将棋の場合は、何手くらい先を読むものなのですか」

 ◇若い王将はしばし間を置き、「そういう読み方で偉大な先輩を負かすことはできません。キャリアが違います。手順を踏んであの手、この手で挑んでもかないませんよ。なんていうか、ひとつのイメージ、勝つ形をスクリーンに映すように描いて、それに向かってひたすら指していきます」

 ◇百戦錬磨、ありとあらゆる局面をシミュレートできる大御所を、若輩が同じような技法、手順で越えることは不可能…であることは素人にもわかる。そうした定跡を頼みにせず、「イメージ」によって時空を越えた飛躍をを成し遂げるという「怪答」が、はたして現役の騎手たちにどれだけ役にたったか。聴衆の一人だったダンゴ打ちは、雷に撃たれたような衝撃を受けたけれども。そういうことなのか、そういう手があったのか!!

 ◇論理、つまり理屈の通った科学的な予想で到達できる結果は、誰にだって予測できる。ところが、競馬の結果はあまりに残酷、非情であり、負けるはずのない馬が大敗し、勝つはずのない馬が楽勝してしまう。格付けとかレイティングとかスピード指数とかテンの何ハロン、上がりの何ハロンとかいう数字を頼りにするアプローチでは永遠に、そうした例外的な結末を推測することはできない。そういう単純化した数字を駆使するメリットを認めないわけではないが、思考力、想像力を放棄した非人間的な予想による達成感、快感には寒々としたものを感じる。あえて言えばナンセンス、血の通ったウマとヒトが取っ組み合う競馬っちゅう化け物は、そんなシロモノじゃござんせん。

 ◇明治維新を成し遂げたエンジン、原動力となったのは、今で言えば高校生くらいの「若さ」だった。かれらの描いていたイメージ、強烈なヴィジョンが、「不思議流」のようなマジカルパワーを発揮した。今、若い(年齢だけではない)民主党の志士たちが目指している「平成維新」に共感を覚える。かれらが掲げているヴィジョン、イメージが手法や手段を模索しつつ、大きな高みに到達するであろうという期待感を抱かせるからだ。

 ◇川の流れのように、馬も流れる。その「川」のイメージこそが、今年の競馬の推移を支配するキーワードだった。皐月賞→ダービーのどんでん返しを演出したのが急流と緩流(しかも川のような馬場)という極端な流れだったし、秋以降の古馬のGⅠ戦線のスロー・ストリーム連鎖は、新型インフルなみに猛威をふるっている。1マイルG1でさえ信じがたいスローに流れることを、誰がどのように予測、説明できただろうか。

 ◇手元にある22日の東京サンスポ18面に東京サンスポ、ギャッロップ、夕刊フジ、関東エイト、関西エイト、大阪サンスポの予想者56人のダンゴ(◎○▲△…)一覧表が載っている。そのなかで、逃げて2着に粘ったマイネルファルケに△を打ったのがわずか10人。残り46人のうち45人がヌケつまり無印だった。最後の一人、かく言う洋一郎だけがズドン!と◎。

 ◇自慢するために書いているのではない。それくらいGⅠステージにおける、準オープン特別を勝っただけのマイネルファルケは場違いであり、無視されて当然の存在でしかなかった。辛辣な関西の予想者は「このウマ、わざわざ淀まで何しに来いはったん?」なんて嘲笑していたかもしれない。その格下もいいところの関東のフヌケ(?)に、なぜ、どうしてあそこまでのファイトが可能だったのか。それを真っ向から理詰め、つまり定跡で追究することはまずできない。ほかに強いウマ、怖いウマ、怪しいウマが居すぎるからだ。そうした常識の範囲内の詮索を凌駕し突拍子もない結末を予測させてくれるのが「イメージ」という直感、インスピレーションであることは、何度繰り返してもよい。エリザベス女王杯を観ても、淀の川が停滞し、どぶ川なみの「淀川」に変わってしまっているというイメージ。それは、本来ならマスやアユも泳げる清流、急流の汚染状況をシミュレートさせてもくれる。この川なら、ハナさえ切れれば流れ込める! と。

 ◇ファルケ自身にも2つのセールスポイントがあった。1つは差のない5番人気にまで期待された、前走の富士Sの敗因が乗り違え(失敗)にあったこと。過去の5勝すべてを逃げ切っている、逃げてナンボの典型的な逃げ馬が、同じオーナーのマイネルスケルツィとの競り合いを避けて番手に抑えざるをえなかった。この「譲り」が自らの首を絞めることになったことを、レース後にジョッキーも認めていた。仕方ないケースだが、その大敗によって、大きな一発狙いが可能となった。人気薄、無印。鞍上もマイネルとはしがらみの薄い関西の騎手。「何がなんでもハナに!」の裂帛のい気合いでキャプテントゥーレに引導を渡し…。

 ◇そうした強引な競馬でも、たとえGⅠステージでも、おそらく堪え忍ぶことができる。そう確信したのは、血統背景にみるべきものがあったからだ。桜花馬アラホウトク皐月賞馬ビンゴガルーなどを出している、錚々たるクラシック・ファミリーの末裔ではないか。いままで溜め込んできた運を、最後の3戦にすべて引き出した感のあるカンパニー・オヤジの強運には屈したが、淀川を一気に泳ぎ抜いたイルカ(クイーンスプマンテ)に乗った少年(田中博)同様、フヌケをシャチに変えた度胸満点の鞍上(和田)にも乾杯!のグラスを掲げざるをえなかった。

 ◇そして多摩川。競艇ではなくJC。かつてはヘドロの充満して腐っていたドブ川が蘇生し、今ではアユも遡上する清流に戻りつつある。その多摩川のイメージさながらに、スピードを競う若鮎ロジ&リーチの攻防が蘇る。かつてこの2匹が対決して、リーチはロジに子供あしらいされてきた。そのためにリーチは「抑える競馬を試す」はずだったが、ついにできずじまい。ということは、リーチの先導、誘導をロジが早めに抑え込むという、今まで通りの流れは繰り返される。が、この若アユ2頭がスローのマッチレースに持ち込めるほど、今回のメンバーは甘くも遅くもない。とりわけ昨年の覇者で、今年はB着で先行力をパワーアップさせているスクリーンヒーローが黙ってはいない。

 ◇カンバックサーモ~ン! 急流を切り裂いて突進してくる魚雷のような鮭の群れ…も、ひょとすると幻想に終わるのか。それほど今の川は疲弊しているというのか。ならば逆手をとってエイシンデュピティーの独り旅一気逃げ…宝塚記念の再戦?

※佐藤洋一郎の日記より転載

【ウマニティからのお断り】
本コラム記事は、公認プロとして活躍中の佐藤洋一郎さんの「日記」として公開されたものです。このほど、ご本人の了解を得て不定期コラムとして転載することになりました。

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