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【鈴木和幸G1コラム】 皐月賞の思い出

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福永祐一くんの父、福永洋一騎手に男にしてもらったあの皐月賞

これは一昨年、
私があるテレビの競馬番組「ケイバdeブレイク」に出演、
栗東に出張したときの話である。

オークスを目前にしていた木曜日の早朝、
出走予定馬の調教を見たあと、
何人かの注目ジョッキーにインタビューの仕事をしたのだが、
ムードインディゴ福永祐一くんもその一人。

ところが、私は彼に面識がない。

どう自己紹介し、インタビューを始めたものかと迷っていたのだが、
切り出した言葉が、
 
「お父さんの福永洋一騎手に男にしてもらった鈴木和幸です」

そんなこといわれても、祐一くんがわかろうはずがない。

私はつづけて
 
「知ってますか、ハードバージという馬を。お父さんのあの馬に皐月賞を勝ってもらって、男になったんです」
 
緊張していたというか、
構えた感じの彼の表情が少しゆるんだのを憶えている。


 

あれは昭和52年、
まだ私が日刊ゲンダイの本誌予想を任される前、
必死にその座を狙っていたころである。

なんとか皐月賞の予想を的中させたい。

そのことばかりを考え、メンバー表とにらめっこ。

しかし、一向にラチがあかない。

そこへ誰かのこんな言葉が聞こえてきたのだ。
 
「なんだか知らねぇけど、ハードバージとかいう馬が東京(競馬場)に入っているらしいぞ」


“これだ”と膝をたたいて、私が東京競馬場に出かけた理由はたったひとつ。

「なぜ、中山じゃなく東京に入ったんだろう」

との興味であった。

 
当時はまだ美浦トレーニングセンターなどはなく、
東上してくる関西馬は皐月賞ならレースが行われる中山、
オークス、ダービーなら東京競馬場の出張馬房に入るならわしになっていた。

それなのになぜ、皐月賞を狙うハードバージが1頭だけ東京入厩なのか。

 
ハードバージを連れてきたのは二十歳ソコソコの若者、確か、小関くんといったと思う。

さっそく東京入厩の理由を尋ねると、
 
「詳しいことはわからんわ、そや、ワシの仕事はこいつを仕上げることだけや」

なんともそっけなく、頼りなくもあったのだが、
彼は真剣、ニコリともせずに寝ワラを竹棒でひっくり返して干している。

 
ハードバージは未勝利を8戦めにやっと勝ち、
つづく毎日杯では単勝が1890円もついた、注目度の低い馬だった。

馬房の中のバージは小さくて細く、
おまけに船ゆすりなどしてまったく落ち着きがない。

思わず

「この馬走るの?」

と、問いかけた私に、彼は「走る」とはいわずに、

「明日の追い切り見てや、そしたらわかるわ」

この言葉は長い月日が過ぎたいまでも鮮明に記憶されている。

 
もちろん、翌早朝、東京競馬場に追い切りを見に行った。

そして、わかったのである。

とてつもなく“走る馬”であるということが。

馬房ではイラつき、小さく細く見えたこの馬が馬場に入って走り出すと、
まったく小ささを感じさせず、ひと回りもふた回りも大きく見えたではないか。

それはおそらくフットワークが柔軟で大きく、
全身これバネといった、弾むような走りだったからだと思う。

このときの追い切り時計がいくつだったかなんて記憶にない。

ただ、おそろしいくらいの決め手を持った馬との感触を持ったことだけは、
はっきりと憶えている。

馬場から引き上げて、上がりの運動をする馬上の彼に、

「あした◎打つよ。ありがとう」

とだけ声をかけて競馬場を去った。


記録を調べていただけばわかる。

福永洋一=ハードバージはものの見事にその年の皐月賞を勝ってくれたのである。

それも、一瞬、その姿を見失うほど込み合う馬群の中、
内ラチぴったりから2馬身半も突き抜けてくれたのである。

“◎を打ったのはオレだけ”といきまき、
狂喜乱舞のあげく、商売道具の双眼鏡をどこかの店に忘れてしまうほど
飲みまくった皐月賞の夜であった。

 
全紙を見たわけではないが、
どの新聞にもハードバージに◎はついていなかった。

それどころか、ほとんどの予想家、新聞記者は無印だった。

にもかかわらず、この馬の単勝が1490円にとどまったのは、
成績、記録はどうであれ、鞍上が天才=福永洋一だったからに違いない。

2着ラッキールーラとの枠連②②のゾロ目は7730円。

いまにして思えば、この大ヒットでまた一歩、“本誌予想”に近づけたのだと思う。

 
人間と同じように、サラブレットの姿、形はさまざまだ。

何千頭、何万頭、何十万頭の馬を見てきたが、
ハードバージはお世辞にも立派といえる馬体の持ち主ではなかった。

なにせ、馬体重は男馬なのに430キロ(皐月賞)しかなかったのだから。

むしろ、華奢で貧弱だった。

そんなハードバージが皐月賞のGⅠ勝ち(ダービーは2着)の大仕事をやってのけられた理由ー。

それをうまく説明することはできないが、
一見、貧弱に見えても走るために必要な筋肉だけ備えていて、
いざ走り出すと四つのパーツ(脚)をより大きく、速く回転させられたからだと思う。

歩いている姿からは想像できない、瞬発力、爆発力の塊。

いうところのパドックより、“走らせてこその馬”である。

走らせるとさっきまでとはまったくの別馬になる、

こういったらわかっていただけるだろうか。

その後久しくこのタイプの馬に巡り合うことはなかったが、
あのディープインパクトの東上初戦・弥生賞を見たとき、
遠い昔のハードバージが思い出されたのは確かである。

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