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◇数年前、あるいはもっと前だったかもし
れないが、どこかの新聞で「初ブリンカーの
効果は眉唾もので、厩舎関係者もそんな価値
を認めてはいない」といった記事を読んだこ
とがある。そのような記事を書いた競馬記者
が、【初ブリンカー】という用語そのものを
つくったのが佐藤洋一郎だと知っていたかど
うかはわからない。初ブリンカーだけでなく
【B着】(ブリンカー着用、装着)も筆者の
造語であり、S(スロー)、M(ミドル)、
H(ハイ)といった、レースの流れ、展開を
簡便に読み取るための表記にしても、キ(季
節)バ(馬場)テン(展開)という穴予想マ
ニュアルの重要な役割を担う季節馬(夏に強
かったり、弱かったり、冬に走ったり冬眠し
たりといった偏り、体質)を予測するための
データ(とくに11月~2月、6月~9月の
戦績)も、競馬エイトやサンスポの記録部、
編集部に筆者が助言して採用されるようにな
った。
◇筆者がサンスポに潜入した昭和45年
(1970年)当時の日本競馬に、今のよう
なブリンカー(矯正具)も用語そのものも存
在しなかった(少なくとも現場には)。昭和
53年日本中央競馬会発行の『競馬英語辞
典』(非売品)には「blinker」が記
載されていて遮眼帯(しゃがんたい)という
訳語で説明されてはいる。が、その実物を競
馬場(実戦)や調教場でさえ見ることはなか
った。筆者の知る限り、競馬先進国(とくに
アメリカ)で多用されていたような形状のブ
リンカーをGⅠで初めて着用して成功したの
は昭和49年オークスでトウコウエルザ(9
番人気)とアタマ差の死闘を演じたスピード
シンザン(15番人気)だった。26頭立て
の枠連5・5で78・5倍(当時は大穴)し
かつかなかった。馬連、馬単…3連単ならい
ったいいくらついたか。先週の天皇賞の3連
単91万馬券の10倍? そんなモンじゃな
いだろう。しかし残念ながら、この歴史的
「GⅠ初ブリンカー激走」のエピソードを知
ったのは、何年も経ってからだった。
◇スピードシンザンを管理していた中山の
稲葉秀男厩舎は「鬼の稲秀」の異名をとる
「おっかねえテキ(調教師)」だった。そこ
の大番頭(調馬師=調教助手)だった小田本
さんが、テキの廃業と同時に弟の稲葉幸夫厩
舎に移籍した。府中担当だったわれわれサン
スポ現場記者の交流も深まり、夏の新潟の長
期滞在などで宿舎(競馬場に近い仕出し屋に
間借りしていた)に招いてイッパイやりなが
ら、オフレコのアブナイ昔話も含めてワクワ
ク、ドキドキするような楽屋裏のよもやま話
をたっぷり聞かされた。
「あれは効いたなあ。シャガンタイ(遮眼
帯)があんなにすげえとは、言い出したベエ
やん(岡部幸雄騎手)だって分かんなかった
んじゃねえか。勝ったトウコウエルザのイサ
オちゃん(嶋田功騎手=稲葉幸夫厩舎)も目
ぇ白黒させてたもん。あれはハマったよ」
◇岡部騎手がアメリカ流のブリンカー(斜
眼革)の効用を認識したきっかけは、昭和4
6年オークスを制したカネヒムロ(10番人
気)との出会い、つまりカネヒムロの成宮明
光調教師を知ってからだった。獣医大を出て
アメリカにも留学した若武者・成宮調教師が
白井分場で発揮したフロンティアスピリット
こそ、日本の現代競馬の礎石、スターティン
グゲートだった。高松三太(柴田政人騎手の
師)、境勝太郎(小島太騎手の師)、高橋英
夫(岡部騎手の師)といった伝統的な職人た
ちとスクラムを組つつ、驚異的な「白井旋
風」を巻き起こした。
◇府中や中山(競馬場)で1マイル~18
00㍍を併せ馬でびっしり攻める追い切りに
対しウサギやタヌキが出没する、荒れた藪
を切り開いた白井分場の調教コースは1周7
F(1400㍍)にも満たないものだった。
正味5~6Fしか行けない小回りの狭い馬場
で調教された馬が、オークスやダービーや天
皇賞に通用するはずがない。そのはずなの
に、距離の長短を問わず、ハイレベルの重賞
で「また白井だぁ~!!」となる。なぜなん
だ? という疑問からあれこれと白井論、白
井研究がなされつつ、調教に対する考え方や
意識の改革、獣医学的、スポーツ医学的な見
地にもとずいた施設の新設、増設(坂路、チ
ップ、プールなど)も急速に進行していっ
た。
◇そうしたチェンジの源流を目の当たりに
することができたのは、取材記者として初め
て担当させられた現場が白井だったという幸運
もあった。大橋巨泉番でもあったため、巨泉
さんが馬を預けていた成宮調教師にはとくに
親しくしていたき、取材を終えて白井のバス
停に立っていると「おい、乗ってけよ」と声
をかけられて西船まで送っていただいたこと
もたびたびだった。
◇成宮厩舎の大仲(休憩室)に飾
られた馬具の数々をいまでも鮮明に思い出
す。革製、人工皮革製?の何種類ものブリン
カー、色とりどりのシャドウロール(sha
dowroll=毛つき鼻革。鼻革の上半部
に子羊の毛皮を巻き付けたもので、繋駕速歩
競走で馬が地上の影に驚いたり、跳んだりす
るのを防ぐ。また障害飛越馬で頭を上げる癖
のある馬に装着して頭を下げさせる効果もあ
る=競馬英語辞典。この時代にはまだサラブ
レッドの平地競走にも使われるとは書かれて
いない)。丸や四角やギザギザや棒状、鎖状
などのハミ(bit)、そのハミを支える頭
絡(bridl)、マルタンガール(la
martingale.マルチンゲール=引
き返し、股綱。馬の頭を下げさせるための馬
具)…etc.さらに馬糧庫にはいわゆる外
麦(外国産燕麦)の箱があり、ケンタッキー
ブルーグラス、アルファルファ、チモシー、
ルーサンなどの牧草(乾燥)が標本とともに
置かれていた。それらはすべて成宮調教師が
自費で独自に輸入したものだった。はじめは
それらの馬具の色や形の面白さ、装飾品とし
ても通用しそうな美しさに引かれたが、その
矯正具、補助具としての用途(とくに精神
面)を説明されてから認識が一変した。これ
こそ穴馬発掘の切り札になるぞ、と。
◇矯正馬具、補助馬具の劇的な効用を知る
におよび、馬を肉体的(physical)
な存在としてではなく、きわめて精神的(m
ental)なデリケートな動物と見るよう
になった。そうなると「馬は肺で走り、心臓
で耐え、気質で勝利する」というF・テシオ
(ドルメロの魔術師と言われたイタリアの天
才ブリーダー。ネアルコやリボーの生産者)
の名言を英訳で知ったときのcharact
er=気質という語の深い意味も理解できた
。競走馬の強さが、心肺機能(ハイセイコーの
ラッパのような鼻孔は強靱な肺の証であると
か、担当獣医が1万頭に一頭いるかいないかと
いう凄さと驚嘆したカブラヤオーの心臓とか)
によって決定される一方で、ノミの心臓を持っ
た脆弱な馬が矯正具によって猛獣をも足蹴にす
るほどの飛躍、変身を遂げる。そうした精神領
域にとてつもない可能性を秘めた穴馬がいたる
ところに埋もれている。GⅠにだって、いやGⅠ
だからこそそれができる馬もいる。スピードシン
ザンのような、プリティーキャスト(第82回天
皇賞を初ブリンカーで圧勝)のような。
◇発明王エジソンはその原動力の秘訣を聞
かれ、「99%の発汗と1%のの霊感」と答え
たとか。ひらめき、直感というのは、たぶんそ
ういうものなのだろう。さまざまな仕込みや手
当、試行錯誤を積み重ねつつじっくり時間がた
ゆたったある日突然、芳醇な吟醸香を発する銘
酒ように。想像力は蓄積から生ずる。競馬から
学んだこの技術には揺るぎない自信を持っている。
ゆえに、◎メイショウドンタクがひらめいたとき
の確信度は完全無欠ともいえるものだった。
勝率85%、連対確率99%。馬連総流しで万券
は堅い。狙うは帯封3連単、これしかない。やれ
る、十分イケる‼
◇そのハイテンション状態で予想コロシア
ムに買い目を入力したが、サンスポの電話情
報(メイン解説)のときに「単複と3連複流
しも…」と付け加えた。がしかし、競馬場で
朝にドンと買った馬券は3連単マルチと・・
総流し&印通りの馬単、馬複だった。それく
らいヒラメキには確信、自信があった。刻々
と時間がたち、ドンタクのオッズが急騰して
ついに単勝100倍を超える(最下位かブー
ビー人気?)におよんで、さすがにゼッタイ
に不安が生じてきた。 万一、自分の予想、
イメージした通りの競馬(逃げるかそれに近
い早め先頭)をしなかったら、できなかった
ら…という悪魔の囁きも聞こえてしまい、情
けないけど買っとくか(複&ワイド流し)。
◇乗り役(武幸四郎)を責めても、罵って
もしょうがないことは分かっているが、クソ
ッタレ、バカタレ、オタンコナスのたぐいを
連発して周囲(一般席にいた)の顰蹙を買っ
ていた(たぶん)。デビュー以来一度もハナ
(先行)を切ったことのない追い込み一辺倒
のマイネルキッツが果敢に行ってるスローペ
ースなのに、新馬を3角先頭で押し切り、中
京2歳Sを逃げ切っているメイショウドンタ
ク(引っ張り切れないくらい闘志満々)の背
でジョッキーは手綱を絞りながら2度も3度
も後ろを振り返っているではないか。何やっ
てんだこの野郎、前を見ろ! 追い込み馬
(去年の勝ち馬)が逃げてるだろう。本当は
オマエがあの位置にいなきゃなんねんだ、オ
タンコナス、ボケ!!
◇仕方ないのです。テン乗りが天皇賞でし
かも16番人気馬。おそらく調教師にも勝ち
負けの期待まではなかっただろうし、騎手だ
ってあまりの手応えに戸惑って、どうしてい
いか分からないといった状況だったはずなの
だから。ただ一人、特製の超深ブリンカーを
装着した、素っ頓狂なダンゴ打ちだけが勝手に
イメージした幻想の展開、ゴールだったので
すから。でも、悔しいねえ。タラ、レバ。今
度はもう少し浅いブリンカーを着けて3連複
複くらいに比重を置きましょうか。どうせこ
うでしょう、♪わかっちゃいるけどやめられ
ねえ~。てやんでい。吠え面かくなよ。
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