週末に行われる中央重賞の過去の優勝馬をピックアップして回顧し、競馬の長い歴史の狭間できらめいた馬を紹介する「中央重賞懐古的回顧」。第52回は1987年の根岸S優勝馬グレースシラオキを取り上げる。
2020年夏の浦和でのデビューから門別を経由して、現在金沢の菅原欣也厩舎に所属しているグレースシラオキという牝馬がいる。同馬は浦和の下級条件戦を1勝しただけの何の変哲もない存在なのだが、特筆すべきはその名前。由来は公式に「母母母母名」とされている。同馬の4代母の名前もグレースシラオキといい、全く同じなのだ。こういったケースは少なくとも本邦ではかなり珍しいはずである。
現役の“2代目”グレースシラオキはともかくとして、1984年に生まれた“初代”グレースシラオキはこんな馬だ。公営大井でデビューし、新馬戦を勝つなど2歳時に5戦2勝。5戦目の東京3歳優駿牝馬(旧馬齢表記)にてスタードールの8着に敗れた後中央に転厩し、いきなりG3のクイーンCに挑戦するもシンガリ負け。その後は芝の条件戦を地道に使われて夏に1勝をマークしたが、10月のG3・クイーンSで再びシンガリ負けを喫した。芝のオープンクラスは家賃が高かったようだ。
管理する美浦・清水美波調教師はグレースシラオキを再びダートへ転じさせる。すると中1週で出走した900万下条件戦(東京ダート1600m)を1分35秒3のレコード駆けで勝利。その勢いのまま、1987年に新設されたG3競走である第1回根岸Sに挑んだ。鞍上は当時36歳の、翌週のエリザベス女王杯にてタレンティドガールで金星をマークすることになる蛯沢誠治騎手だった。
第1回根岸Sは現在と同距離の東京ダート1400mの条件で行われた。人気を集めたのは引退間際の加賀武見騎手が乗るタイガールイス。初ダートの3歳牝馬ウインホイッスルがそれに続いたが、混戦の感は否めなかった。その他、ユキノローズ、ラブシックブルース、ドウカンテスコなど芝の重賞ウイナーがこぞって参戦してきた辺り、いかにも初回のダート重賞といった様子でごった煮感があった。当のグレースシラオキは単勝6番人気。賞金別定戦で51キロの恵量を活かせるかどうか。
ダッシュ力に定評のあるオンステージがハナ。グレースシラオキは好位につけ、人気のタイガールイスは後方待機。3コーナーからウィニングスマイルやガルダンサー、ユキノローズといった面々が一斉に仕掛けて急流に。蛯沢騎手はその外目を回して、ワンテンポ遅らせる形でスパートした。するとまずウィニングスマイルが抜け出したが、外からグレースシラオキが襲い掛かる。激しい追い比べを制したのはグレースシラオキだった。彼女が残り100mほどで先頭に立ち、タイガールイスの追撃を完封した。
グレースシラオキを生産した中山牧場はシラオキ系にこだわりを持っていた生産者。この頃には在来牝系の一つとして古臭いイメージを持たれていたようだが、スーパーファントムやマルブツロンリーが重賞勝ちをマークした1987年はシラオキ系復権の年だった。時代は下って、デビュー時に好事家の関心を惹いた当代のグレースシラオキは金沢移籍時にオーナーが替わってしまい、成績からしても繁殖入りできるかは怪しいが、その馬名が由緒正しきものであることは心に留めておきたい。
グレースシラオキ
牝 黒鹿毛 1984年生
父ノノアルコ 母ニッコーテスコ 母父テスコボーイ
競走成績:中央16戦3勝 地方5戦2勝
主な勝ち鞍:根岸S
(文:古橋うなぎ)