「すごいレースでしたね」 11年ぶりの天覧競馬となった今年の天皇賞(秋)。レース後に天皇陛下が仰っていたのがこのフレーズだ。筆者の抱いた感想も、正にこの通りだった。もう、なんというか、あれだ。すごくすごいレースだった。 ……と、語彙を失ってしまうほどの強さが、今回のイクイノックスにはあった。 レースはジャックドールの強気な逃げで始まった。 小頭数だっただけにある程度落ち着いた流れが形成されるかと思いきや、楽逃げさせじと2番手を進んだガイアフォースがプレッシャーを掛け続けたことで、ペースは落ちず1000m通過は57.7秒。昨年のパンサラッサの大逃げ(1000m通過が57.4秒)では、道中後続はかなり離されたが、今年は最後方から進めたプログノーシスまでそれほど差がなかった。ほぼ全馬で昨年のパンサラッサにぴたりと張り付いているようなイメージの展開で、静かなサバイバルレースと化していたことになる。 こうなると当然、先頭にいたジャックドールは苦しくなって早々に退き、ガイアフォースも粘ってはいたが伸びる感じではない。後続も後続でさすがに伸びが鈍く、好位から進んでいたドウデュースですら、あっさりと末を失っていった。 そんな中、決して楽ではなかったはずの道中3番手から弾けんばかりの手応えで早々に勝負を決めたのがイクイノックスだった。これ以上はないレベルのライバル達ですら失速する中、ラップを見てもこの馬は大きく失速しておらず、ただ1頭”サバイバルレースをサバイバルレースと感じていなかった”としか思えない勝ち方。1分55秒2という大レコードを涼しい顔で刻んでいるようにすら見え、強い、凄いと言ったレベルを通り越して、最早畏れすら覚える異質の存在へと昇華したように感じた。 さらに恐ろしいのが、今回が大目標のジャパンカップを見据えた仕上げであったということだろう。大レコードの反動が出なければもう一段上があるということだ。 そしてそこに待つのが、同じく異質の存在として牝馬クラシック三冠を制したリバティアイランド。今回も十分にドリームマッチと言える組み合わせだったが、次もまた常識外の対決だ。楽しみはまだ終わりそうにない。 イクイノックスの強さが際立つ結果となってしまったが、2着のジャスティンパレスも天皇賞馬としての意地を見せた。 発馬やその直後の行き脚がそれほど速くなく、後方2番手からのレースとなったことが展開面でプラスに働いたのは事実だろうが、2000m戦で、なおかつ相当に強いメンバーが揃っていたことを考えると内容は濃い。春の好内容が示す通り、今年に入っての地力強化は素晴らしいものがある。 ステイヤーのイメージが強いのか今回も人気は控えめだったが、筆者の見立ては”長距離もしっかり走れる中距離馬”。今後もその柔軟な適性を活かして、上位を賑わせてくるだろう。 3着にはジャスティンパレスよりも更に後ろから進めたプログノーシスが飛び込んだ。 途中から動いた札幌記念とは一転、元々の本馬のイメージに近い待機策となったが、札幌記念の馬場状態と展開が変則的であっただけで、普通の馬場だとこうした戦法にならざるを得ないのだろう。 この後は香港を目指すことになりそうだが、日本とは少し違った海外の芝の方が向きそうなタイプでもある。陣営の選択次第ではワールドワイドな活躍が期待できるかもしれない。 4着のダノンベルーガは見せ場こそ作ったが圏内までは届かず。状態は札幌記念時より格段に良くなっているように映ったが、それでも陣営のトーンは低め。高い能力を有しているのは誰もが認めるところだが、それを全開にできない現状か。 成長力のある血統で4歳で頭打ちになるとは考えにくいし、走法からマイルやダートなど、幅広い舞台への対応力も感じる馬。このまま無冠で終わるとは思えないだけに評価は落とせない。 5着のガイアフォースは強気な先行策から勝ちに行っての結果。流れを考えれば掲示板内に踏み止まったのを評価すべきだろう。 速い時計への対応力もさすがで、本馬もビッグタイトルを獲れるだけの能力は十分にありそうだが、マイラーとも中距離馬とも区分できない適性の広さもあって、これ!という大きな武器がないのも事実。もう一段上の成長があれば面白い存在になるのだが。 イクイノックスに次ぐ人気を集めていたドウデュースは、上位からは少し離された7着。 当日に主戦の武豊騎手が乗り替わりになるというのはかなりの痛手だったが、それ以上にレース序盤から4角付近までずっと力んで走っていたのが堪えた。調教での迫力のある動きから体調自体は悪くなかったと思われるが、それゆえの前進気勢が仇になった格好か。 母系はかなりアメリカ色のスピード色が濃く、本馬自身の馬体や調教の動きもいい意味でゴツくなっており、マイルやダートを走ってもあまり違和感がなさそうなレベル。加えて今回の道中や直線の挙動から、必ずしも東京コースがベストとは言えないという印象を受けた。 とはいえ2走前の京都記念の勝ち方は紛れもなく超G1級だったし、今回が噛み合わなかっただけという可能性もある。宿敵には水を開けられてしまったが、本馬のベストの走りであればまだ肉薄できる可能性はありそう。武豊騎手の早期復帰と共にリベンジを期待したい。