週末に行われる中央重賞の過去の優勝馬をピックアップして回顧し、競馬の長い歴史の狭間できらめいた馬を紹介する「中央重賞懐古的回顧」。第36回は1994年のステイヤーズS優勝馬エアダブリンを取り上げる。
エアダブリンを最近の馬に例えると何に当たるだろうか。パッと思いついたのはヴェロックスだが、同馬は4歳以降迷走して尻すぼみで引退。曲がりなりにもステイヤーとして大成したエアダブリンと比較すると格落ちだ。年代としては少し前の馬になるが、菊花賞2着の後ステイヤーズSとダイヤモンドSを制するも春天では結果を残せなかったフォゲッタブルが一番近いかも知れない。半弟ダンスインザダークの産駒だしね。
初年度産駒が大活躍したトニービンのセカンドクロップとして、また名伯楽・伊藤雄二調教師肝煎りの素質馬として早くから注目を集めるも、1994年のクラシックではいずれもナリタブライアンに敗れた。青葉賞優勝→日本ダービー2着→セントライト記念3着という道程、そして鞍上が岡部幸雄騎手というプロフィールは1991年の菊花賞馬レオダーバンと同一であり、オカルト的に菊の栄冠を期待する声もあったが、この年は春の二冠馬がちゃんと出てきたのが運の尽きであった。
鈍重且つ不器用で、勝負強さという点でも足りない馬だったが何よりバテない強みがあり、長距離砲としての魅力にエアダブリンは溢れていた。そんな長所を十二分に活かして生涯におけるベストパフォーマンスをマークしたのが、1994年暮れのG3(当時)・ステイヤーズSである。
この重賞、G3時代はハンデ戦であり、それがしばしば展開の妙を生み出した。恵量のダイゴウソウルとスティールキャストがまず競り合う形となり、最初の1000mは59秒3。結局前者が行き切って一旦息が入ったものの、今度はシュアリーウィンが大本命エアダブリンとの決め手の差を見越して2周目で先頭を奪い、流れは再び厳しくなった。4角でのエアダブリンとの5馬身ほどの差はセーフティリードに思えたが、同重賞4勝の手慣れである岡部騎手は落ち着いて対応し、ゴール前きっちりと差し切った。
3分41秒6の勝ち時計は、芝3600mにおける従来の日本レコードを2秒5短縮する猛時計。以降3分42秒台を計時した馬すらおらず、本邦におけるアンタッチャブル・レコードの一つとして現在も語り継がれている。
エアダブリンは次走のダイヤモンドSにて重賞連勝を飾ったが、盟主ナリタブライアン不在の天皇賞・春では乱ペースで動けず、1番人気ながらライスシャワーの5着に敗退。秋以降は屈腱炎に悩まされ、「真のステイヤーとして完成するのは6歳(旧馬齢表記)になってから」という伊藤師の期待はふいになった。引退後は種牡馬入りし、良血と安価な種付け料から年間種付け頭数の日本記録を樹立するほどの人気を集めたものの、産駒はまるで走らなかった。
その後韓国の生産者に請われて海峡を渡り、済州島のアルムダウン牧場にて供用された。同牧場には現役時ホーリックスに準えられたニュージーランド産の名牝カソクドとの交配を望まれて導入されたのだが、そのカソクドとの仔を含めて韓国でもこれといった産駒は出なかったようだ。2016年死亡。本邦の子孫から活躍馬は出ておらず、血筋は風前の灯火である。
エアダブリン
牡 鹿毛 1991年生
父トニービン 母ダンシングキイ 母父Nijinsky
競走成績:中央15戦5勝
主な勝ち鞍:青葉賞 ステイヤーズS ダイヤモンドS
(文・古橋うなぎ)