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大学生の頃、暇があれば釣りばかりしていた。この時期はサヨリ。春が旬の美しい魚で、毎年この時期になると思い出す。東京湾限定の珍しい釣り方で、はんぺんにストローを突き刺し、吹き矢のように吹いて出した円柱状の餌で釣る。シーズン中は朝から夕方までテトラポッドに立った。
ある時小汚い爺さんと出会った。しばらく黙って見ていたが、そのうち近寄ってきてこう言った。
「あすこに投げろ。」
ヤバい爺さんと思ったが、暇なので付き合ってやろうと思い、言った場所に投げると、わずか数秒で針掛かりしてサヨリが跳ねた。
(何者だ、この爺さん……)そう思いしばらく言われる通りに投げたが、投げるたび数秒で釣れた。
そのうち爺さんが指す場所の特徴に気づき、言われる前に「あすこですね?」と言ってみた。爺さん、ほぅ……という表情で言った。
「お前、筋が良いな……。」
それから仲良くなり毎日に浜に通った。
そろそろシーズンが終わる頃のこと。浜に行くといつものように爺さんも来ていた。
「もう終わりですね……。」そういう私に爺さん、神妙な面持ちで答えた。
「んだ……。ところでお前、大学卒業したらどうすんだ? 就職なんかしねぇで、漁師になれ。」
予想もしない提案に思わず爆笑した私。漁師にはならねっす、と断ると爺さん、ポケットから何か取り出しそれを私に握らせた。
「お前にやる。孫にもらったキーホルダーだ。」
爺さんの服と同じように色褪せた、セサミストリートの「クッキーモンスター」のキーホルダーだった。(これを俺にどうしろと?)と思ったが(笑)、くれるというのを無下に断るのも悪いと思い、礼を言った。
「何人も教えたがお前は筋が良い。」
「まぁ……でも一回見れば分かりますよね? 波と波のぶつかる場所」
「判んねぇ奴は何回教えても判んねぇ。お前分かんだろ? あすこの水の動き。」
「ハイ……分かります」
そんな会話をしながらシーズン最後の釣りを満喫し、大量のサヨリとクッキーモンスターを持ち帰ったのは遠い昔のことだ。
さて、一度経験すればコツを掴んでしまうのは私だが(笑)、「経験」が生きると言えば競馬だ。今週土曜福島競馬場のメイン競走、福島牝馬Sは経験が大事なレース。勝ち馬予想の金言を紹介しよう。
曰く「福島牝馬ステークスは前走芝1800mで敗れた馬」。
たとえば2021年優勝のディアンドルは前走、小倉大賞典で3着に敗れ、2着のドナアトラエンテも中山牝馬Sで9着に敗れた。好走馬の多くは前走、同条件の芝1800mで敗れている。敗れても「経験したこと」で体内の感覚が“芝1800m”対応になるのだ。
コスタボニータは前走中山牝馬S5着。芝1800mは6回走り3着以内3回と相性は悪くない。悲願の重賞初制覇だ。
漁師を勧められた翌年就職した私。地元を離れ、それ以来爺さんとも会っていない。あの時着ていたスタジャンもクッキーモンスターも、どこかへ行ってしまったがもうすぐGW。休みが取れたら茜が浜に行ってみよう。はんぺんを買って……。