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まさか北島三郎さんの馬を預かることになるとは。二十歳のころの僕には想像もつかなかった。馬主をなさっていることはもちろん、知っていましたが、テレビでしか見ることができない人、という感覚でしたから。
2009年6月、厩舎を開業する際にキタサンダーリンという馬を管理することになりました。お亡くなりになった安田伊佐夫調教師の所属馬を引き継いだので、預かることになったのは本当に偶然です。初めてお会いしたのは、それから3年がたってから。北海道のせりの会場で、これも偶然でした。「頑張れよ、頼むな」と声をかけていただいて。緊張して、体はガチガチでしたよ。
さらに1年が過ぎ「こういう馬がいるので、お願いできますか」と言われ、預かったのがキタサンブラックです。1歳のとき育成牧場に見に行ったのが最初。スラッとして背が高く、脚が長くてきゃしゃな印象です。正直、これほどの活躍は想像できませんでした。
キタサンブラックが走り始めてからは、お会いする機会も増えてきました。馬については任せてもらっています。負けても責められることはありません。「馬が大丈夫だったらいいじゃないか。次があるから」。その言葉に救われます。オーナーも悔しいでしょう。でも、僕の気持ちを察してくれる。器が大きいというか、すごい人です。
教えていただいたことはたくさん、あります。「歌の世界も、馬の世界もファンあって成り立っているんだよ」。応援してくれる方々を大事に。調教師を目指していた二十歳のころの、初心に戻ることができました。
北島三郎オーナーと出会えたことも、キタサンブラックに出会えたことも感謝しかありません。今までこんな馬はいたのかな。強いというだけでなく、予定していたレースを欠席したこともありません。丈夫で風邪を引いたこともありません。回復力も早いですしね。3年間、本当に何もなかった。そして、いつも僕の想像以上の走りをしてくれました。GIを6勝もしてくれて、走る度に「申し訳ないな、甘くみていたな」。心の中でキタサンブラックには、ずっと謝ってきました。
調教師になって9年目を迎え、最近は全部、自分のせいにしよう、と考えるようになりました。レース中にアクシデントがあって負けても、このレースに使った自分が悪い、と。それが自分のステップアップにもなるので。きっと北島三郎オーナーとキタサンブラックの影響だと思います。
キタサンブラックは有馬記念を最後に引退し、来年からは種牡馬となります。いい子供を出してほしいですね。まだ現役でできると思うんですけれど、寂しいな、と考えたら、やるしかない。もうひとつ、はくを付けて送り出してあげたい。有馬記念に3年続けて出走できることも感謝ばかり。ファンの方々の期待に応えたい、と思っています。 (おわり)