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1950年に川崎の八木正雄厩舎からデビューしたキヨフジは、地方競馬出身として初めて中央競馬のクラシック競走(1951年優駿牝馬)を制するほか、1952年には南関東地区の古馬最強決定戦と位置付けられていた開設記念(現在の川崎記念)を勝利。その功績を称えて1955年に創設された「キヨフジ記念」が、1991年に「エンプレス杯」へと改称され現在に至る。なお、キヨフジの名は現在も副称としてレース名に刻まれている。1995年、指定交流競走となった初年度にはホクトベガが2着馬に3秒6差を付ける大圧勝劇を演じた。エンプレス杯と聞けば同馬の名を挙げるオールドファンも数知れず、いまなお語り草となっている。
1955年に「キヨフジ記念」の競走名で5~10歳(現在の4~9歳)の牝馬限定かつ南関東地区所属馬限定戦としてレース創設。1991年に現行の「エンプレス杯」へと改称され、従来の名称は副称となった。なお、施行時期や施行距離、出走資格は幾度かの変遷を経て、2003~2023年は川崎ダート2100mを舞台とする4歳以上牝馬の指定交流競走として定着していた。2024年には施行時期を5月上旬へと移し、負担重量規定も別定から定量へと変更。古馬牝馬路線は上半期に目標となるレースがなかったことから、施行時期を移し、定量戦となった本競走がその頂点として設定される運びとなった。
1998年以降の優勝馬を掲載しています。
優勝馬の馬齢は、2000年以前も現行表記と統一しています。
回数 | 開催日 | 優勝馬 |
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第70回 |
2024年5月8日
川崎
ダ2100m
|
オーサムリザルト
JRA
牝4 武豊
池江泰寿
|
第69回 |
2023年3月1日
川崎
ダ2100m
|
グランブリッジ
JRA
牝4 川田将雅
新谷功一
|
第68回 |
2022年3月2日
川崎
ダ2100m
|
ショウナンナデシコ
JRA
牝5 吉田隼人
須貝尚介
|
第67回 |
2021年3月4日
川崎
ダ2100m
|
マルシュロレーヌ
JRA
牝5 川田将雅
矢作芳人
|
第66回 |
2020年3月5日
川崎
ダ2100m
|
アンデスクイーン
JRA
牝6 C.ルメ
西園正都
|
第65回 |
2019年2月27日
川崎
ダ2100m
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プリンシアコメータ
JRA
牝6 岩田康誠
矢野英一
|
第64回 |
2018年2月28日
川崎
ダ2100m
|
アンジュデジール
JRA
牝4 横山典弘
昆貢
|
第63回 |
2017年3月1日
川崎
ダ2100m
|
ワンミリオンス
JRA
牝4 戸崎圭太
小崎憲
|
第62回 |
2016年3月2日
川崎
ダ2100m
|
アムールブリエ
JRA
牝5 武豊
松永幹夫
|
第61回 |
2015年3月4日
川崎
ダ2100m
|
アムールブリエ
JRA
牝4 濱中俊
松永幹夫
|
第60回 |
2014年3月5日
川崎
ダ2100m
|
ワイルドフラッパー
JRA
牝5 C.デム
松田國英
|
第59回 |
2013年2月27日
川崎
ダ2100m
|
ミラクルレジェンド
JRA
牝6 岩田康誠
藤原英昭
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第57回 |
2011年3月2日
川崎
ダ2100m
|
ラヴェリータ
JRA
牝5 武豊
松元茂樹
|
第56回 |
2010年2月24日
川崎
ダ2100m
|
ブラボーデイジー
JRA
牝5 武豊
音無秀孝
|
第55回 |
2009年2月25日
川崎
ダ2100m
|
ニシノナースコール
JRA
牝7 吉田豊
尾形充弘
|
第54回 |
2008年2月27日
川崎
ダ2100m
|
サヨウナラ
JRA
牝7 岩田康誠
谷潔
|
第53回 |
2007年2月28日
川崎
ダ2100m
|
トーセンジョウオー
船橋
牝6 内田博幸
川島正行
|
第52回 |
2006年2月22日
川崎
ダ2100m
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ローレルアンジュ
船橋
牝7 的場文男
新井清重
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第51回 |
2005年2月9日
川崎
ダ2100m
|
プルザトリガー
船橋
牝6 内田博幸
山浦武
|
第50回 |
2004年2月26日
川崎
ダ2100m
|
レマーズガール
JRA
牝4 武豊
湯浅三郎
|
第49回 |
2003年2月26日
川崎
ダ2100m
|
ジーナフォンテン
船橋
牝5 内田博幸
山浦武
|
第48回 |
2001年7月5日
川崎
ダ2100m
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オンワードセイント
JRA
牝5 勝浦正樹
阿部新生
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第47回 |
2000年7月5日
川崎
ダ2100m
|
ファストフレンド
JRA
牝7 蛯名正義
高市圭二
|
第46回 |
1999年7月19日
川崎
ダ2100m
|
ファストフレンド
JRA
牝6 蛯名正義
高市圭二
|
第45回 |
1998年7月21日
川崎
ダ2100m
|
シルクフェニックス
JRA
牝6 福永祐一
白井壽昭
|
第1回(1955年)は2月26日に施行。第2~5回(1956~1959年)は3月。第6回(1960年)は6月21日。第7回(1961年)は9月11日。第8~10回(1962~1964年)は3月中旬~下旬。第11~41回(1964~1994年)は9月上旬~10月下旬。第42回(1995年)は6月13日。第43~48回(1996~2001年)は7月。第49~69回(2003~2023年)は2月下旬~3月上旬。第70回(2024年)以降は5月上旬に開催されている。
施行場所:川崎ダート2100m(左回り) 出走資格:4歳以上牝馬 1着賞金:4000万円 負担重量:定量
1955年 | 川崎ダート1800m、5~10歳(現在の4~9歳)牝馬、別定、「キヨフジ記念」として創設 |
1956年 | 施行距離をダート1700mに変更ミスアサヒロがレース史上初の2連覇を達成 |
1958年 | 施行距離をダート2000mに変更 |
1959年 | 施行距離をダート2200mに変更 |
1960年 | 施行距離をダート2000m、出走資格を4~10歳(現在の3~9歳)牝馬に変更 |
1962年 | 出走資格を5~10歳(現在の4~9歳)牝馬に変更 |
1964年 | 出走資格を4~10歳(現在の3~9歳)牝馬に変更 |
1991年 | 競走名を「エンプレス杯」に改称 |
1992年 | ヒカリカツオーヒがレース史上2頭目の2連覇を達成 |
1995年 | 指定交流競走に指定 |
1996年 | ホクトベガがレース史上3頭目の2連覇を達成 |
1997年 | G2(国内独自)に格付け |
1998年 | 施行距離をダート2100mに変更シルクフェニックスがレース史上4頭目の2連覇を達成 |
2003年 | 出走資格を4歳以上牝馬に変更 |
2007年 | 格付け表記をJpn2に変更 |
2000年 | ファストフレンドがレース史上5頭目の2連覇を達成 |
2012年 | 降雪にともない開催中止 |
2016年 | JRA所属馬の出走枠が4頭から5頭に拡大アムールブリエがレース史上6頭目の2連覇を達成 |
2020年 | COVID-19の流行により無観客競馬として開催 |
2021年 | COVID-19の流行により無観客競馬として開催 |
2024年 | 負担重量を定量に変更GRANDAME-JAPAN 古馬・春シーズンに指定 |
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