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作家の伊集院静さんが亡くなられて心の整理がつかずにいる。19歳のときに知り合ったという武豊騎手が最も信頼を置き、人生の師として仰ぎ続けてきた文豪。私も学生の頃、図書館で氏の小説やエッセーを読むことに夢中になり、渡仏を志したのはその中に登場したドーヴィルの競馬を見たいと思ったのがきっかけだった。
生前2度お目にかかり、これまでの人生でそのときほど背筋が伸びたことはなかった。競輪を筆頭としたギャンブルを愛された伊集院さんは競馬にも造詣が深く、武豊騎手の騎乗をデビューからずっと見守り続けていて、「もしも競馬にロマンがあるのなら、武豊騎手の存在こそがロマン」とおっしゃっていた。
武豊騎手、作家の島田明宏さんと4人で銀座に連れていっていただいた夜があり、別れ際ウイスキーを飲まれていたコースターの裏に、「月天心貧しき町を通りけり」という言葉を書いてくださった。
江戸時代の俳人である与謝蕪村の句で、月がどんな場所にも隔てなく美しい明るさをもたらすように、全ての人の心を照らす文章を書かなければならないという伊集院さんの鑑賞を教えていただいた。そのコースターを大切に、原稿を書く仕事場の机にいつも飾っている。(在仏競馬記者)