ビワハヤヒデ(競走馬)

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抹消  芦毛 1990年3月10日生
調教師浜田光正(栗東)
馬主有限会社 ビワ
生産者早田牧場新冠支場
生産地福島県
戦績16戦[10-5-0-1]
総賞金89,767万円
収得賞金20,160万円
英字表記Biwa Hayahide
血統 Sharrood
血統 ][ 産駒 ]
Caro
Angel Island
パシフィカス
血統 ][ 産駒 ]
Northern Dancer
Pacific Princess
兄弟 ナリタブライアンビワタケヒデ
前走 1994/10/30 天皇賞(秋) G1
次走予定

ビワハヤヒデの競走成績

[ 競走データ ] [ 繁殖データ ]
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成績 条件別 競馬場別 距離別 重量別 騎手別 タイム別
開催日

R 競走名 コース









指数

負担
重量
(kg)
騎手調教師馬体重
(kg)




(秒)

3F
通過順 1(2)着馬
94/10/30 東京 10 天皇賞(秋) G1 芝2000 1322--15** 牡4 58.0 岡部幸雄浜田光正470(0)1.59.1 0.535.1ネーハイシーザー
94/09/18 中山 11 オールカマー G3 芝2200 888--11** 牡4 57.0 岡部幸雄浜田光正470(-4)2.14.5 -0.335.4ウイニングチケット
94/06/12 阪神 10 宝塚記念 G1 芝2200 14813--11** 牡4 56.0 岡部幸雄濱田光正474(-2)2.11.2 -0.835.0アイルトンシンボリ
94/04/24 阪神 10 天皇賞(春) G1 芝3200 11811--11** 牡4 58.0 岡部幸雄濱田光正476(-2)3.22.6 -0.236.5ナリタタイシン
94/02/13 阪神 11 京都記念 G2 芝2200 1066--11** 牡4 59.0 岡部幸雄濱田光正478(-4)2.16.8 -1.137.0ルーブルアクト
93/12/26 中山 9 有馬記念 G1 芝2500 14813--12** 牡3 55.0 岡部幸雄濱田光正482(+2)2.31.0 0.135.3トウカイテイオー
93/11/07 京都 10 菊花賞 G1 芝3000 1847--11** 牡3 57.0 岡部幸雄濱田光正480(+2)3.04.7 -0.934.5ステージチャンプ
93/09/26 阪神 11 神戸新聞杯 G2 芝2000 911--11** 牡3 56.0 岡部幸雄濱田光正478(+4)2.02.9 -0.235.0ネーハイシーザー
93/05/30 東京 9 東京優駿 G1 芝2400 1847--22** 牡3 57.0 岡部幸雄濱田光正474(-4)2.25.6 0.136.3⑦⑦⑤⑤ウイニングチケット
93/04/18 中山 10 皐月賞 G1 芝2000 18818--22** 牡3 57.0 岡部幸雄濱田光正478(-4)2.00.3 0.135.4ナリタタイシン
93/03/20 中山 10 若葉S OP 芝2000 888--11** 牡3 56.0 岡部幸雄濱田光正482(-2)2.00.9 -0.335.7ケントニーオー
93/02/14 東京 11 共同通信4S G3 芝1800 911--12** 牡3 57.0 岸滋彦濱田光正484(+6)1.48.7 0.034.9④④⑤マイネルリマーク
92/12/13 中山 11 朝日杯3歳ス G1 芝1600 1267--12** 牡2 54.0 岸滋彦濱田光正478(+2)1.35.5 0.035.5エルウェーウィン
92/11/07 京都 11 デイリー杯3 G2 芝1400 988--11** 牡2 54.0 岸滋彦濱田光正476(-8)1.21.7 -0.3--⑤④テイエムハリケーン
92/10/10 京都 9 もみじステー OP 芝1600 1078--11** 牡2 53.0 岸滋彦濱田光正484(-4)1.34.3 -0.2--シルクムーンライト
92/09/13 阪神 6 2歳新馬 芝1600 1434--21** 牡2 53.0 岸滋彦濱田光正488(--)1.38.3 -1.7--⑥④④テイエムシンザン

ビワハヤヒデの関連ニュース

 1993年の菊花賞などGIを3勝したビワハヤヒデが繋養先の日西牧場(北海道日高町)で21日、老衰のため死んだ。30歳だった。クラシックでナリタタイシンウイニングチケットと“3強”を形成し、安定した走りでファンを魅了した名馬だった。

 ◇ 

 ターフを沸かせた名馬がまた1頭、天国へと旅立った。1993年の菊花賞などGI3勝のビワハヤヒデが、功労馬として余生を過ごしていた日西牧場で21日未明、静かに息を引き取った。

 同牧場の高山直樹社長は「もう少し長生きさせてあげたかったのですが、力不足で申し訳ありません。ビワハヤヒデの人生(馬生)は恵まれたものだったと思います。多くのファンに応援してもらい、本当に感謝しております」とコメントした。サラブレッドの30歳は、人間に例えれば90歳くらい。天寿をまっとうした。

 同馬は、92年9月に栗東・浜田光正厩舎からデビューし、無傷の3連勝でD杯3歳Sを制覇。93年のクラシック戦線ではナリタタイシンウイニングチケットと“3強”を形成した。皐月賞は今年4月に死んだタイシン、日本ダービーはチケットに譲り、ともに2着だったが、菊花賞で悲願のGI初制覇。JRA賞年度代表馬、最優秀3歳牡馬(当時は4歳牡馬)に輝いた。

 94年には天皇賞・春宝塚記念を制覇。1つ年下の半弟で同年の3冠馬ナリタブライアンとの兄弟対決が期待されたが、5着だった天皇賞・秋のレース中に故障し、実現しないまま現役を引退した。

 95年から種牡馬として同牧場で供用されたが、重賞勝ち馬はおらず、2002年の種付けが最後となった。

 通算成績は16戦10勝(重賞7勝)で、15戦連続連対はシンザンの19戦に次ぐ2位。芦毛の名馬として愛された。



 ◆騎手時代に3歳春の若葉Sから引退までの11戦でコンビを組んだ岡部幸雄氏 「順調なら十分いい勝負になるという手応えがあったので、弟のナリタブライアンとの対決が実現しなかったのは今でも残念。ビワハヤヒデほど前向きで一生懸命に走る馬はなかなかいないし、私がコンビを組んだ馬でも思い出深い一頭。安らかに眠ってほしい」



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93年菊花賞などGI3勝、ビワハヤヒデ死す 2020年7月21日(火) 15:12

 1993年の菊花賞などGIを3勝したビワハヤヒデが繋養先の日西牧場(北海道日高町)で21日未明に老衰のため死んだことがわかった。30歳だった。

 同牧場の高山直樹社長は、ツイッターで「もう少し長生きさせてあげたかったのですが、力不足で申し訳ありません。ビワハヤヒデの人生(馬生)は恵まれたものだったと思います。多くのファンに応援してもらい、本当に感謝しております」と報告。取材にも応じ、「残念ですが、寿命ですし、仕方ないですね」と話した。

 同馬は92年9月にデビューし、無傷の3連勝でD杯3歳Sを制覇。翌93年春の皐月賞日本ダービーはともに2着に終わったが、菊花賞でGI初制覇を飾り年度代表馬にも輝いた。94年には天皇賞・春宝塚記念を制するなど、芝中長距離路線で活躍。天皇賞・秋5着後に故障で引退し、1つ年下の半弟で同年の3冠馬ナリタブライアンとの兄弟対決は実現しなかった。通算16戦10勝(重賞7勝)。



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1993年の皐月賞馬、ナリタタイシン死す 30歳 2020年4月13日(月) 13:58

 “3強対決”で注目された1993年の皐月賞を制したナリタタイシン(父リヴリア、母タイシンリリイ)が12日、老衰のため繋養先の北海道日高町・ベーシカルコーチングスクールで死んだことが分かった。30歳だった。

 ナリタタイシンは現役時、栗東・大久保正陽厩舎の所属馬としてデビュー。2戦目に初勝利を挙げ、5番人気で臨んだラジオたんぱ杯3歳S(阪神、芝2000メートル)で重賞Vを飾った。その後はシンザン記念、弥生賞ともに2着となり、3番人気で臨んだ皐月賞では武豊騎手を背に後方から鮮やかな追い込みを決めて、ビワハヤヒデをクビ差かわして快勝。続くダービーではライバルのウイニングチケットビワハヤヒデに屈して3着に敗れたが、翌春に目黒記念V、天皇賞・春2着と一線級で活躍した。通算成績は15戦4勝。

 引退後は種牡馬となったが、産駒による中央競馬での重賞勝ちはなく、種牡馬生活を退いてからは功労馬としてベーシカルコーチングスクールで余生を過ごしていた。同場の高橋司代表は「ここ数年は体つきも“おじいちゃん”になっていて、最近は馬房で寝ている時間も多くなりましたが、それまでは草がいっぱい生えた放牧地で悠々自適の毎日を過ごしていました。こちらが迎えに行くと自分から帰ってくるようなルーチンもしっかりのみ込んで、環境や生活に納得しているようでした」と思い出を振り返った。

 新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため献花台などを設けることはできず、ゆくゆくは供養として北海道平取町にある義経神社に祀られることが予定されている。

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名馬のたてがみ被害4頭目 今度は菊花賞馬ビワハヤヒデ 2019年9月21日() 10:09

 北海道日高町の日西牧場で、1993年に菊花賞を制したビワハヤヒデのたてがみが何者かに切り取られていたことが20日、分かった。

 牧場によると、16日に従業員が長さ10cm以上、幅約10cmにわたって鋭利な刃物で切り取られた跡があるのを発見。高山直樹社長(47)は今後の見学を断るといい、「心ない人のためにみんなが見られなくなる。馬も高齢でちょっとしたストレスで死んでしまうので、静かに余生を過ごさせてほしい」と憤った。

 道内では競馬の殿堂入りしたことで知られるタイキシャトルジャパンカップ優勝馬ローズキングダム、1993年の日本ダービーを制したウイニングチケットの3頭が同様の被害に遭っており、道警が器物損壊容疑で捜査している。

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【競馬エイト特別企画】痛恨の有馬記念(関東編) 2013年12月20日(金) 16:33

 競馬エイト・有馬記念スペシャル紙面(12月21日・土曜日付)でお届けしました「嗚呼…痛恨の有馬記念」。スペースの都合で紙面掲載できなかったトラックマンたちのコラムをド~ンと公開します。痛恨の極みの果てに得ることができた「教訓」。実体験だからこその熱い思いが込められています。有馬記念攻略のためのヒントがこの中にあるかもしれません…。 関東競馬エイト・トラックマンの「痛恨の有馬記念」 ▼藤牧満男(関東・時計班)の痛恨(?)1978(昭和53)年・第23回エリモジョージ(7着) カネミノブが勝ち、インターグロリアが2着した。どちらも人気薄で、当時は馬連、馬単がなく、枠連で買う時代。私の◎は逃げ馬エリモジョージ。○がカネミノブ。インターグロリアは、前日の朝追いで素晴らしい動きを見せたものの、マイラーと判断して無印。今ならもちろん外れだが、インターグロリアはエリモと同じ8枠。枠連で7330円の高配当をゲット。痛恨が一転して、思い出深い有馬記念でした。 ▼椋木宏(関東・想定班)の痛恨1993(平成5)年・第38回トウカイテイオー(1着) 奇跡の復活(オグリキャップ)、仰天の14番人気(ダイユウサク)、障害帰りで前走17着(メジローパーマー)と常識からかけ離れた結末が3年も続いて迎えたのが、この年の有馬記念ビワハヤヒデ一色だった。当然◎。骨折で1年ぶりに有馬記念に出走にこぎ着けたトウカイテイオーは好みの馬だったので、△は打っていた。 その日は有馬記念まで予想も馬券も当たらず、よく言う裏パー状態。その頃は馬連だったので当たり前にビワハヤヒデから買ったけど、トウカイテイオーは△を打ちながらも、1年ぶりということで、はなから軽視していた。 早めに抜け出したビワハヤヒデトウカイテイオーが直線でかわしたときには、馬券のことも忘れて、一級のサラブレッドの底力に改めて目を見張ったものだ。 “レースに絶対はない”。今年もこの言葉をかみしめるのか、それとも引退式を行うあの馬のために、円満に収まるのか…。 ▼野田慶一郎(関東・時計班)の痛恨1997(平成9)年・第42回シルクジャスティス(1着) まだトラックマンではなく、編集部員だった頃の有馬記念。当時は今とは違っていわゆる本命党だった。1番人気は昨年2着、宝塚記念快勝後に休養に入っていたが、調教採点7を連発して仕上がり万全のマーベラスサンデー。2番人気は牡馬相手に天皇賞(秋)を勝ち、続くジャパンCでも2着したエアグルーヴ。他の古馬勢はいかにもパンチ不足で、この2頭で1点で「取れる」と確信していた。3歳有力馬は2頭。メジロドーベルはまず牝馬。シルクジャスティスは一部で盛り上がっていたが、個人的には全く興味がなかった。「京都大賞典を勝ったっていったって、牝馬のダンスパートナーの内をすくっただけ。GIも未勝利だし」。心の中でシルクを買う人を笑いつつ、余裕の1点勝負。ところが直線で落とし穴が待っていた。 ラスト1ハロンではエアとマーベラスの一騎打ちだったのだが、ゴール寸前で突然外から来たのが、あの軽視したシルク。いろんなことがあって少しずつ人気馬を疑うようになってきたのだな。穴党へのシフトはたくさん刻まれたキズの跡。もう本命党には戻れません(笑) ▼高尾幸司(関東・想定班)の痛恨2000(平成12)年・第45回ダイワテキサス(3着) 2000年秋。古馬王道GIは天皇賞(秋)ジャパンCともに1着テイエムオペラオー、2着メイショウドトウと穴党には手も足も出ない結果となっていた。有馬記念こそこの2頭に割って入る馬を探すことに全勢力をつぎ込みました。そこでひらめいたのはダイワテキサスジャパンCでは、5着と日本馬としてはテイエム、メイショウに次ぐ着順にもかかわらず、有馬記念では単勝81倍の13番人気。ダイワの単複とテイエム、メイショウへの馬連だけを握りしめ、直線で先頭に立ったときは興奮度MAX。しかし、最後はその2頭にこの秋3度目のワンツーフィニッシュを決められ撃沈。当時に3連複、3連単があったら…。複勝の770円だけを払い戻しに行った苦い記憶がよみがえります。 よほど自信があったり、妙味のある穴馬がいたら、今は馬券の種類も豊富なので、手広く買うということをこのときの悔しさを味わわないためにやっています。 ▼松本ヒロシ(関東・想定班)の痛恨2007(平成19)年・第52回マツリダゴッホ(1着) 「必ず荒れる」という確信があった2007年。自分の中で穴馬候補は3頭に絞られた。マツリダゴッホダイワスカーレットドリームパスポート。そして悩みに悩んだ最終結論が◎ドリームパスポート、○マツリダゴッホ。結果はマツリダゴッホが快勝し2着ダイワスカーレット。これは痛恨以外の何ものでもないでしょう。今でもたまに思い出してため息をついてしまうぐらい悔しいレースだった。 教訓。迷ったら前走着順の悪い方を選ぶ勇気、外れることを怖がらない潔さ。いまだ実行しきれていないが…。  ▼吉田均(関東・時計班)の痛恨2008(平成20)年・第53回ダイワスカーレット(1着) 前年でマツリダゴッホの2着したダイワスカーレット。この年はスピードの違いで押し切れると自信の◎。レースはその通りになり、直線では完全に2着争い。どれが来ても馬券は取ったと思った瞬間、早めに勝ち馬を追いかけた馬の脚勢が鈍り、2着には最低人気のアドマイヤモナークが大外を一気。他の人気馬が窮屈な位置取りになって動けず。3着が10番人気のエアシェイディだっただけに…。トリッキーなコースだけに展開が微妙に影響。勝敗は別にして気楽に乗った人気薄の好走は競馬にはよくあるシーンだった。 ▼阿部一広(関東・想定班)の痛恨2008(平成20)年・第53回ダイワスカーレット(1着) 最強牝馬と信じてやまないのがダイワスカーレット。2着だった2007年こそ兄のダイワメジャーに◎を打ったが、翌2008年は前走の天皇賞が負けて強し(個人的には疑惑の写真判定と思っているが…)の内容で、有馬記念は負けようがないと思い、断然人気でも逆らわずに◎を打った次第。レースはダイワスカーレットが逃げて圧勝と、当然の結果だったが、最低人気(14番人気)のアドマイヤモナークが最後方から末脚を伸ばして2着に激走。3着にも10番人気のエアシェイディが頑張り、馬単は3万円超、3連単は98万円と大荒れ。馬券はダイワスカーレット1着固定の3連単を買っていたけど、当然のように相手はヌケ(無印)。ここまで荒れたら仕方ないんだろうけど…。有馬記念はこのような形で外すケースが多く、個人的には相性最悪のレース。近年の結果からも3着までに5番人気以下の馬が(それこそ2桁人気馬も)必ず絡んでおり、人気馬から買う場合でも相手には人気薄を入れようと肝に銘じて予想します。 ▼山本忍(関東・時計班)の痛恨2010(平成22)年・第55回ヴィクトワールピサ(1着) 同じ年の日本ダービーで本命にした馬。「海外遠征はその馬のMAX値、底値を引き上げる」という持論のもと、凱旋門賞後のジャパンCでも◎に推したが、東京コースでは切れ味不足でダービー同様に3着に敗戦。当然、暮れの中山での反撃は容易に予測できたが、あまのじゃくな自分の性格が災いしてか、もう一度追いかけることができなかった。 そのときの2着馬はブエナビスタ。楽々と馬券は本線で取れただろうに。持論を信じ切れず、まさに痛恨の極みだった。勝ったヴィクトワールピサはその3カ月後にドバイワールドカップを見事に制覇。持論が図らずも想像以上の形で証明されて、ひとまず留飲を下げたが…。 ▼西山茂樹(関東・時計班)の痛恨2012(平成24)年・第57回オーシャンブルー(2着) 「今年も有馬はステイゴールド産駒。ゴールドシップだな」と競馬仲間、友人(エイト紙上でも…)に言いながら、3頭しかいなかったステイゴールド産駒の1頭、オーシャンブルーとの馬券をなぜ買わなかったか? 増井TM(関西エイト)の◎がまぶしく、そして羨(うらや)ましかった。

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【功労馬を訪ねて】ビワハヤヒデ 2011年8月2日(火) 05:03

 功労馬を訪ねての最終回は、93年の牡馬クラシックでダービー馬ウイニングチケットと3強として凌ぎを削った菊花賞ビワハヤヒデ皐月賞ナリタタイシンを取り上げる。ともに種牡馬としては顕著な成績を残せなかったが、ハヤヒデは北海道日高町の日西牧場で、タイシンは同町のベーシカル・コーチング・スクールで元気に余生を送っている。

 94年の3冠馬ナリタブライアン(父ブライアンズタイム)の半兄で、93年菊花賞、94年天皇賞・春、宝塚記念とGI3勝を含む重賞7勝を挙げたビワハヤヒデは、種牡馬を引退し、21歳となった今でも北海道日高町の日西牧場で功労馬として元気に暮らしている。

 「亡くなられたオーナーさん(中島勇氏=(有)ビワ代表)のご厚意で、ここに来てからもう15年以上になるかな。去年は函館競馬場(7月25日にウイニングチケットと一緒のお披露目会)に行ったりしたけど、今も元気一杯。普段は一日中放牧しています」と話すのは同牧場長の高山直樹さん(39)だ。現役時代、顔以外はグレーがかっていた馬体はすっかり白く変貌した。

 ウイニングチケットナリタタイシンとともに“3強”として93年の牡馬クラシックを1冠ずつ分け合った。この年はGI1勝ながら、コンスタントな活躍、有馬記念2着もあって年度代表馬に選ばれた。古馬になると2頭のライバルには先着を許さず、心身ともに逞しく成長。だが、春秋連覇の期待がかかった94年の天皇賞・秋で、レース中に左前屈腱炎を発症して5着と初めて連対を外し、引退が決定。有馬記念で注目されていたナリタブライアンとの兄弟対決は実現せずに終わった。

 種牡馬としては産駒に恵まれなかったが、現役時代にビワハヤヒデの走りに魅了され、感動を覚えた多くのファンが、今でも全国各地から牧場を訪れている。

 「少し噛みぐせがあるので、それだけ気を付けてもらえれば、(ハヤヒデの)見学は自由なので、いつでも見に来て下さい。縁があってウチにきた馬なので、これからもズッと面倒を見るつもりです」と高山さんは放牧地でたたずむハヤヒデを笑顔で見守る。98年に7歳という若さで死去した弟の分まで長生きをしてほしい。(片岡良典)

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ビワハヤヒデの口コミ


口コミ一覧
閲覧 79ビュー コメント 0 ナイス 11

ビワハヤヒデが亡くなりました。

競走馬として16戦10勝、2着5回!馬券圏内を外したのは最後の1戦、天皇賞(秋)(5着)だけ!

素晴らしい成績です☆

3歳時には皐月賞2着、ダービー2着、菊花賞1着!

ナリタタイシンとウイニングチケットには僅差で負けはしましたが個人的にはこの馬が三冠馬♪と思っています☆

今までありがとうネ♪ビワハヤヒデ(o^^o)

 伊予路インパクト 2020年7月21日(火) 15:27
芦毛の名馬が大往生
閲覧 87ビュー コメント 0 ナイス 10

GⅠ3勝の名馬 ビワハヤヒデ、繋養先の日西牧場で老衰のため。30歳で去った。弟・ナリタブライアンの分までよく長生きてくれた! お疲れ様でした。芦毛の名馬と言えば、タマモクロス オグリキャップ メジロマックイーン そしてビワハヤヒデ。

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 アアアロン・ビンター 2020年7月21日(火) 12:58
ビワハヤヒデ
閲覧 83ビュー コメント 0 ナイス 15

あの世に行ったか。。。

岡部幸雄が「くそまじめな馬」と評した。
確かに一生懸命さが伝わってくる馬であった。

あるときの天皇賞の複勝馬券が競馬歴32年の中で買った、最も「絶対馬券」であった。6着くらいに沈んだハヤヒデを見て、信じられなかった。
レース後、レース中の骨折が判明。骨折しながらも走る、くそ真面目な馬であった。

競馬に絶対はない、ビワハヤヒデのおかげで、大金をつぎ込むことはない。(単に金がない、某プロのように)だからこそ、あの落馬が多い、中山大障害で、単勝1.1倍のオジュウに大金をつぎ込む人たちが理解できない、が、理解を超えるほど、オジュウは強すぎるのであろう。。。

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