週末に行われる中央重賞の過去の優勝馬をピックアップして回顧し、競馬の長い歴史の狭間できらめいた馬を紹介する「中央重賞懐古的回顧」。第61回は1993年の中山記念優勝馬ムービースターを取り上げる。
現代に続く社台グループを大きくした存在と言っても過言ではないであろう名種牡馬ノーザンテースト。「ノーザンテースト産駒は3度変わる」と称され、子供たちが類まれなる成長力を誇ったことはよく知られている。
そのノーザンテーストを父に持つ繁殖牝馬と非常に相性が良かったのが、ディクタスである。ディクタス×ノーザンテースト牝馬という配合から「弾丸シュート」サッカーボーイや「鉄の女」イクノディクタスが出たことは有名だが、こと“ノーザンテーストらしさ”という点ではムービースターが最も“らしい”馬だったんじゃないかと個人的に思っている。
夏競馬に特に強く、弾けるような瞬発力に溢れ、且つ成長力に富む。これらの長所を兼ね揃えたのが1986年生まれのムービースターであった。早いうちに重賞で馬券に絡むも、古馬になって頭打ちとなり一時は障害入りを見据えたが、成長してキレ味を身に付けて5歳夏に重賞連勝。その後安田記念3着、秋の天皇賞2着と一流どころに交じって好勝負を演じ、やがて7歳にして中山記念を制し、苦手だった急坂をとうとう克服した。ノーザンテースト御大の直仔でもこれだけの成長力を示した馬は少ないだろう。そう言えば準優勝の秋天は母の父ノーザンテーストの馬同士で決まったレースだった。
1993年の中山記念。安田記念勝ちのヤマニンゼファー。金杯・西、日経新春杯と重賞連勝中のエルカーサリバー。屈腱炎から再起を目指す桜の女王シスタートウショウ。田中勝春騎手と二人三脚で頂を目指すセキテイリュウオー。そして同年夏から秋にかけて花を咲かせることになる、孤高の大逃げ野郎ツインターボ…いかにも1990年代前半然とした個性的なメンバーが轡を並べた中にムービースターはいた。G1戦線で善戦を続けた彼はすでに7歳。ツーワエースと並びメンバー中最高齢だ。
レースは大方の予想通りツインターボの逃げで幕を開けた。同馬は柴田善臣騎手を背に未完成な逃げを打つ。ヤマニンゼファーはそれを番手で追いかけて、シスタートウショウはその外。そして1番人気のエルカーサリバーや、前走から手が戻った岸滋彦騎手が駆る5番人気ムービースターは後方で構えた。ペースは弛まず、前半1000mが58秒7と展開は流れた。4角でもツインターボと馬群は大分差があり、あわや逃げ切りかと思われたが、直線外からシスタートウショウが捕まえに行って一旦先頭。「桜花賞馬復活」という文言が脳裏によぎった瞬間、大外からムービースターが豪快に差し切った。
勝ち時計は1分47秒0のコースレコード。確かに展開は向いたし、同年春の中山の芝はオーバーシード初年度で弥生賞(ウイニングチケットが2分0秒1のレースレコードをマーク)などで非常に速い時計が出ていたのだが、7歳の高齢馬がレコードを叩き出したのは当時としては衝撃的な出来事であった。極めて非凡な瞬発力と成長力。これらの“ディクタス×ノーザンテースト配合らしさ”を体現した馬こそが、このムービースターに他ならなかった。
ムービースター
牡 栗毛 1986年生
父ディクタス 母ダイナビーム 母父ノーザンテースト
競走成績:中央50戦9勝
主な勝ち鞍:中山記念 中京記念 金鯱賞 北九州記念
(文:古橋うなぎ)