週末に行われる中央重賞の過去の優勝馬をピックアップして回顧し、競馬の長い歴史の狭間できらめいた馬を紹介する「中央重賞懐古的回顧」。第27回は1986年の天皇賞・秋優勝馬サクラユタカオーを取り上げる。
今も昔も逃げ先行馬にとって不利である大外の16番枠から、2番人気のサクラユタカオーはまずまずのスタートを切った。彼より少し内の13番枠から飛び出したウインザーノットがインに切れ込んでハナ。今回限りで引退と決めていたこの6歳馬は、24歳の田面木博公騎手を乗せて淡々とペースを刻んだ。春の天皇賞馬クシロキングが引っ掛かり気味にそれを追いかける。小島太騎手が駆るサクラユタカオーはさらに後ろ。府中の中距離戦は大方3角まで動きが無い。復活を期す1番人気のミホシンザンがやがて中団外目からじわりとせり上がり、3角に至って本命馬と対抗馬は好位で馬体を併せた。
そこからがサクラユタカオーの真骨頂。相変わらずウインザーノットが馬群を先導する中、脚を無くしたクシロキングが早々に脱落。人気のミホシンザンとサクラユタカオーはその外につけて揃って4角を回ったが、直線に入るとサクラユタカオーがビュンと加速してミホシンザンを突き放し、インで粘り込みを図るウインザーノットに並びかけた。格別の瞬発力!残り200mのハロン棒を越えると、ピンクの帽子と勝負服がひたすらに突き抜ける。前年の覇者「あっと驚く」ギャロップダイナも後方から脚を伸ばしたが飾りにすらならなかった。程なくして、電光掲示板に「1分58秒3」の日本レコードが灯った。
2頭の三冠馬が覇を競ったグレード制施行直後と第二次競馬ブーム期の狭間に当たる1986年。この主役不在の過渡期に、実働期間は短いながらも中距離王として君臨したのがサクラユタカオーだ。半兄サクラシンゲキを凌ぐ高い素質を主戦の小島騎手らに愛された彼は、本邦におけるプリンスリーギフト系ブームを牽引した名種牡馬テスコボーイの晩年の傑作である。
栗毛の流星に加えて最高体重534キロの雄大な馬格という見栄えのするルックス。素人目にスター性は抜群であったが、巨体に由来する脚部不安で使い込めなかった上に「中距離で完勝→2400m以上の大一番で敗戦」というサイクルを繰り返したため、世間の人気のほどは今一つであったという。しかし玄人筋にとってそのスピードや瞬発力は魅力的であったようで、引退後にはG1・1勝の内国産馬としては当時破格となる5億円のシンジケートが組まれて種牡馬入りしている。そして彼は馬産地の期待通りに、サクラバクシンオーやエアジハードなどを送り出して成功を収めた。
上述の通り大一番では頼りなかったが、結果的に1800m~2000mでは6戦全勝と実に明快な中距離ランナーであった。歴代の内国産種牡馬のうち、ほぼ中距離戦のみで実績を挙げた上で種牡馬として成功を収めた数少ない事例(先例としてはハイセイコーやゴールデンパスなどが挙げられるか)がこのサクラユタカオーであり、その存在自体が現代競馬の距離分業とかスピード化の象徴であったと言えなくもないだろう。現在直系は衰運を辿っているものの、名種牡馬への道を歩み出したキタサンブラックなどを通じて彼の血は今も生き続けている。
サクラユタカオー
牡 栗毛 1982年生
父テスコボーイ 母アンジェリカ 母父ネヴァービート
競走成績:中央12戦6勝
主な勝ち鞍:天皇賞・秋 毎日王冠 サンケイ大阪杯 共同通信杯4歳S
(文・古橋うなぎ)