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小高のおみくじには、「小吉」とあった。
勝負は山気を出すなで、病気は信心せよとある。
「それだけ?」
北風の季語である「なれい」が由来だからという訳ではないが、
女の言葉にどこか冷気を感じた。
白のロングダウンに身を包んだ理由も、人混みで見つけやすいでしょという事らしい。
ソダシかとツッコミたかったが、別にそうではなくても目を惹く女だと思っている。
今年の金杯で「ディープボンド」を切ったのは正解だった。
その収入で備え付けた、ホームバーセットと、なれいが窓際に飾ったパキラの緑を眺めながら、
小高はこの半年のことを思い出していた。
年末、俎橋から日本橋川を進んだところに事務所を開いた。
とは言っても、全てを清算した後だったので、用意したのは86インチの大型モニターとPC、
ガラス面のローテーブルにソファだけの空間が出来上がったにすぎないのだが。
「ここ何の事務所ですか?」と画面に大きく映るサラブレッドを横目に、
UBERのバッグを床に置きながら、なれいが聞くのも無理はなかったと思う。
「コンサルティング会社」、小高は首都高速5号池袋線を窓の外に眺めながら、
「あと、頼んだビールが入っていない」となれいにいった。
黒いスキニーにショッキングピンクのパーカー、形容し難いツートンの髪色に染まった毛先が
肩下に垂れている。なれいは15分後に配達漏れのビールと、手書きの履歴書を持ってくると
新入社員歓迎会を始めましょうと言った。
※
「で、春天のディープボンドはどうするの?」
「切る」
年始、初めてのwin5で、その配当が約5千万だとわかった時のなれいは、
その大きい黒目をさらに広げながら、自身の冷気を跳ね返されたように、凍りついていた。
その日から研修費用ということで、毎週1万円をなれいに渡した。
金額の範囲内でwin5を買うということ以外は、特にルールはない。
結果、この半年のなれいのスタイルは、ひたすらにレース映像を見るということに帰結したようだった。
1頭に絞り込むレースをどう選択するか。それが東京11Rのエリザベスタワーだとしても仕方ない。
ミツルハピネスを含め、他の期待値を考えれば、絞り込んだほうが点数は減るだろう。
小高は窓際から伸びる陽を踏みながら、
ディープボンドにつけるべきオッズを試算すると、日本橋川の川面に目を落とした。
首都高の高架がつくる影と、緑の葉を白くきらめかせる陽光が半分づつ映しこまれている。
4月が残酷な月だとすると、5月は我々の月だ。
どちらにも、まだいい顔ができる。
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