グリーンセンスセラさんの競馬日記

「THE 上がり馬」マーベラスサンデーが老衰で死亡。競馬全盛の時代、稀代のスターとともに刻んだ「記憶」と「激闘」

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━Business Journal > ギャンブルジャーナル >2016.07.01 http://biz-journal.jp/gj/2016/07/post_749.html

 30日朝、1997年の宝塚記念など重賞を6勝したマーベラスサンデーが、老衰のため北海道新ひだか町のけい養先で死んだことが発表された。24歳の大往生である。

 中央競馬が史上最高の4兆円を記録した1997年、「3強」の一角として活躍したのがマーベラスサンデーだった。マヤノトップガン、サクラローレルという圧倒的な自力を持つG1ホースに肉迫する存在として、そして当時全盛に差し掛かった武豊騎手と合わせて大きな人気を集めた。

 3歳(現2歳)から素質馬として期待されたが、右膝の骨折、疝痛による命の危機、4歳2月からデビュー2連勝を飾るもまたも骨折、菊花賞を目指す過程でさらに骨折と、順調とは程遠い状況下でクラシック戦線に顔を出すことはできなかった。

 復帰は5歳の4月。緒戦こそ4着に敗れるも、その後サンデーサイレンス譲りの強烈な末脚で6連勝を飾る。その内4連勝はエプソムC、札幌記念、朝日チャレンジC、京都大賞典と重賞ということで、一躍「5歳最大の上がり馬」として注目を集めるようになる。

 初のG1挑戦となった天皇賞・秋はバブルガムフェローの4着。道中もたつきっぱなしだったサクラローレルにも差されての敗戦とあって、まだ実力が一枚足りないことを痛感させられるものだった。続く有馬記念でも危なげないレースを見せるも、またもサクラローレルに差されて2着。2馬身以上を突き放された完敗であった。

 6歳、緒戦の大阪杯を完勝し、迎えた天皇賞・春。常に後塵を拝したサクラローレルと、一昨年の年度代表馬でG1競走3勝のマヤノトップガン、そしてマーベラスサンデーが3強を形成。道中を順調に進み捲りながら進出した同馬は、最後の直線で向こう上面の時点から上がっていったサクラローレルと激しい叩き合いを演じる。2頭が後続を突き放し、どちらが勝利するのかに観衆は息を呑んだ。


▶▶▶まさかの「末脚」、そして初戴冠

 しかし、最終的には自分のレースに徹し、大外後方から信じられない末脚を繰り出して2頭をなで斬りにしたマヤノトップガンがレコード勝利を収めた。サクラローレルが2着、マーベラスサンデーが3着。3強が自身の持てる力を余すところなく発揮した名勝負として、この天皇賞は90年代でも屈指の名勝負として語り継がれている。

 続く宝塚記念には憎きマヤノトップガンもサクラローレルもいない中、バブルガムフェローをクビ差制してG1初勝利。この勝利は同馬の能力と同時に、これまで負かされてきたライバルたちがいかに強いのかを示すこととなった。

 この後またも骨折し、ラストランは休養明けの有馬記念となった。1番人気で迎えたレースでは、その年の天皇賞を制したエアグルーヴに先着を果たすも、生涯最高の末脚を繰り出したシルクジャスティスに屈し2着。最後までG1競走の上位を確保しながら競走生活に幕を閉じた。

 種牡馬となった後は、G1ホースこそ輩出できなかったものの、地方中央を問わず重賞ウィナーや勝ち上がりを継続。自身の安定感を産駒にもしっかりと伝えていた印象である。

 まさに「競馬全盛」の時代、すべてのレースで手綱を取り、稀代のスターとなった武豊騎手とともに競馬界に確かな記憶を刻んだマーベラスサンデー。ハイレベルな時代を駆け抜けた勇姿は今後も語り継がれることだろう。安らかに。

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