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イナリワン(競走馬)

注目ホース
写真一覧
抹消  鹿毛 1984年5月7日生
調教師鈴木清(美浦)
馬主保手浜 弘規
生産者山本 実儀
生産地門別町
戦績11戦[3-2-0-6]
総賞金40,482万円
収得賞金11,795万円
英字表記Inari One
血統 ミルジヨージ
血統 ][ 産駒 ]
Mill Reef
Miss Charisma
テイトヤシマ
血統 ][ 産駒 ]
ラークスパー
ヤシマジエツト
兄弟 ミカホーマー
前走 1990/06/10 宝塚記念 G1
次走予定

イナリワンの競走成績

[ 競走データ ] [ 繁殖データ ]
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成績 条件別 競馬場別 距離別 重量別 騎手別 タイム別
開催日

R 競走名 コース









指数

負担
重量
(kg)
騎手調教師馬体重
(kg)




(秒)

3F
通過順 1(2)着馬
90/06/10 阪神 10 宝塚記念 G1 芝2200 1022--24** 牡6 56.0 柴田政人鈴木清442(-10)2.15.1 1.1--⑧⑧⑧⑦オサイチジョージ
90/04/29 京都 10 天皇賞(春) G1 芝3200 1647--22** 牡6 58.0 柴田政人鈴木清452(+4)3.22.0 0.1--⑩⑨⑤④スーパークリーク
90/03/11 阪神 11 阪神大賞典 G2 芝3000 611--25** 牡6 62.0 柴田政人鈴木清448(0)3.11.3 1.2--⑤④④⑤オースミシャダイ
89/12/24 中山 9 有馬記念 G1 芝2500 16815--41** 牡5 56.0 柴田政人鈴木清448(+2)2.31.7 -0.035.9⑫⑫⑨⑤スーパークリーク
89/11/26 東京 10 ジャパンカッ G1 芝2400 15712--811** 牡5 57.0 柴田政人鈴木清446(+2)2.23.8 1.6--⑬⑪⑩⑥ホーリックス
89/10/29 東京 10 天皇賞(秋) G1 芝2000 1457--46** 牡5 58.0 柴田政人鈴木清444(-2)1.59.8 0.7--⑫⑩⑦スーパークリーク
89/10/08 東京 10 毎日王冠 G2 芝1800 844--32** 牡5 59.0 柴田政人鈴木清446(-6)1.46.7 0.0--⑦⑦⑦オグリキャップ
89/06/11 阪神 10 宝塚記念 G1 芝2200 1723--21** 牡5 57.0 武豊鈴木清452(0)2.14.0 -0.1--フレッシュボイス
89/04/29 京都 10 天皇賞(春) G1 芝3200 1811--41** 牡5 58.0 武豊鈴木清452(+8)3.18.8 -0.8--⑬⑬⑧④ミスターシクレノン
89/03/12 阪神 11 阪神大賞典 G2 芝3000 1167--25** 牡5 57.0 小島太鈴木清444(0)3.07.7 0.3--⑥⑥⑥⑥ナムラモノノフ
89/02/11 京都 11 すばるステー OP 芝2000 944--24** 牡5 58.0 小島太鈴木清444(--)2.02.8 0.1--④④チュニカオー

イナリワンの関連ニュース

 “2強対決”はキタサンブラックに軍配! 4月30日の京都11Rで行われた第155回天皇賞・春(4歳以上オープン、GI、芝・外3200メートル、定量、17頭立て、1着賞金=1億5000万円)は、キタサンブラック(牡5歳、栗東・清水久詞厩舎)が武豊騎手に導かれて1番人気に応え、メジロマックイーンテイエムオペラオーフェノーメノに次ぐ史上4頭目の連覇を達成した。タイム3分12秒5(良)は、2006年にディープインパクトがこのレースでマークした3分13秒4(良)を0秒9更新するJRAレコード。2強のもう1頭、サトノダイヤモンド(2番人気)は3着で、キタサンブラックは昨年の有馬記念でクビ差の差し切り勝ちを許した相手にリベンジを果たした。

 レースはヤマカツライデンが大逃げを打ち、キタサンブラックは2番手。サトノダイヤモンドは7番手あたりを進み、シュヴァルグランシャケトラのすぐ後ろという位置取りだった。キタサンブラックは2周目の4コーナー手前で先頭に立つと得意の粘り腰を発揮し、急追してきたシュヴァルグラン(4番人気)に1馬身1/4差をつけてゴールを駆け抜けた。サトノダイヤモンドは伸び切れず、さらにクビ差の3着。シャケトラ(3番人気)は9着だった。

 キタサンブラックは、父ブラックタイド、母シュガーハート、母の父サクラバクシンオーという血統。北海道日高町・ヤナガワ牧場の生産馬で、馬主は(有)大野商事。通算成績は16戦10勝。重賞は15年フジテレビ賞スプリングS・GII、セントライト記念・GII、菊花賞・GI、16年天皇賞・春・GI、京都大賞典・GII、ジャパンC・GI、17年大阪杯・GIに次いで8勝目。天皇賞・春は、清水久詞調教師は16年キタサンブラックに次いで2勝目。武豊騎手は1989年イナリワン、90年スーパークリーク、91・92年メジロマックイーン、99年スペシャルウィーク、06年ディープインパクト、16年キタサンブラックに次いで8勝目で、同一GI・8勝は史上初めて。

 ◆武豊騎手「馬に頑張ってくれと重いながら、一生懸命追いました。途中、ペースが落ちなかったので、全馬にとってタフなレースになりました。この馬にしか耐えられないペースだったと思います。(2006年の天皇賞・春で自身が騎乗したディープインパクトがマークしたレコードタイムを更新したことについては)僕自身、しばらくは破られないと思っていたんですけどね。昨年の今ごろよりはるかに強くなっています。出るレースは勝たなければいけない立場の馬。こういう馬にめぐりあえて幸せです」

★30日京都11R「天皇賞・春」の着順&払戻金はこちら

【宝塚記念】キタサンブラック夏まつりへ準備完了 2016年06月22日(水) 11:39

 上半期を締めくくるビッグステージ「第57回宝塚記念」(26日、阪神、GI、芝2200メートル)へ向け22日朝、ファン投票1位のキタサンブラックが栗東トレーニングセンター(滋賀県)のCWコースで、長めから手応え十分の動きを見せた。“完成”に近づいたアクションに、調教チェッカーズも迷いなくA評価。北島三郎オーナーの“まつり”V演が、’15菊花賞、’16天皇賞・春の淀に続いて、仁川でも響くか。

 大阪夏まつりへ、準備は万端だ。菊花賞、天皇賞・春に続くGI3勝目へ、ファン投票断トツ1位のキタサンブラックが、見事な“省エネデモ”で態勢を整えた。

 曇り空の栗東。西の主役は、CWコースでクールヤシャマル(3歳未勝利)を2馬身追いかけ加速した。その背中には常に追い切りを担当している黒岩騎手(レースは武豊騎手)。コンビネーションは抜群で、完璧な折り合いをつけて進んだ。

 “らしさ”が前面に出たのは直線だ。ラスト1F手前でクールに馬なりのまま並びかけると、いつでも突き放せる手応えながら、自然と相手に歩調を合わせる。ゴール地点でも同様。格下に胸を貸すだけのような、闘志を内に包み隠した併走状態のままスムーズにフィニッシュした。

 同期の2冠馬ドゥラメンテをはじめ、強豪GI馬がひしめく頂上決戦を前に、超格下と併入仕上げとは一見するとかなり地味。しかし実はこれが“キタサンのすごさ”だと、黒岩騎手が明かす。

 「本当に頭がいい馬。けいこはけいこと割り切って走っている。もしこれがOP馬相手なら、それにくっついて走ってくると思う。ゴール板を過ぎると自分から止めちゃうのもいつもと同じ。それでも、産経大阪杯から緩やかに体調は上昇している。古馬になって落ち着きが出て、骨格に見合う体になっているし、今回も注文をつけるところはありません」

 恐るべき、実戦至上主義。“リハはリハ、本番は本番”とは北島三郎オーナーもビックリ(?)のエンターテイナーぶりだが、身のこなしは昨年の有馬記念(3着)前後よりはるかに素軽く、長め7Fから時計を出すなど、激戦前の負荷も十分すぎるほど。評価は“A”で揺るぎない。

 「時計もしっかり出ているし、馬なりで手応えも良かった。いい状態で臨めると思ってもらって結構です」と、清水久調教師もご機嫌。そのトレーナーも絶大な信頼を寄せるのが、89年イナリワン、93年メジロマックイーン、97年マーベラスサンデー、06年ディープインパクトに続く、前人未踏の宝塚記念5勝目を目指す武豊騎手だ。

 キタサンと組んだ春天では驚愕の差し返しV、エイシンヒカリで挑んだ仏GIイスパーン賞での10馬身差圧勝など、この春も刺激的な話題を振りまく競馬界のイチロー。けさは栗東に姿を見せなかったが、「2200メートルになるのはいい。“まつり”の練習をしとかなきゃだね」と、ステージ独占へ気合十分だという。

 阪神内回り2200メートルといえば、春天が行われる京都外回り3200メートル以上に、先行力が生きることで知られる。名手の手綱さばきでレースを支配したとき、名演再演のシーンが訪れる。(夕刊フジ)

★宝塚記念の特別登録馬(想定騎手入り)はこちら 調教タイムも掲載

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【天皇賞・春】武豊キタサンブラックが逃げ切りで戴冠! 2016年05月01日() 15:49

 5月1日の京都11Rで行われた第153回天皇賞・春(4歳上オープン、GI、芝3200メートル、18頭立て、1着賞金=1億5000万円)は、武豊騎手騎乗の2番人気キタサンブラック(牡4歳、栗東・清水久詞厩舎)が逃げ切り、2015年の菊花賞に続くGI・2勝目を飾った。馬主は歌手、北島三郎(名義は大野商事)。タイムは3分15秒3(良)。

 レースは、キタサンブラックがハナを奪い、ヤマニンボワラクテカレンミロティックが続く展開。1番人気ゴールドアクターが2周目4コーナーで先団に取り付きながら、伸びを欠く中、3番手につけていたカレンミロティックが脚を伸ばした。しかし、キタサンブラックは13番人気のカレンとの叩き合いをハナ差でしのいでV。3着には3番人気シュヴァルグランが入った。

 ◆武豊騎手「際どかったけどよく差し返してくれました。強いですね。(ハナを切ろうと思ったのは)ゲートを出てからです。思い通りのペースで行けました。手応えはよかったんですけど、一気に伸びる馬じゃないんで、もたついたぶん前に出られてしまったんですけど、がんばってくれました。久しぶりに天皇賞を勝ててうれしいです。(キタサンブラックは)まだまださらに強くなりそうですね。楽しみです」

 キタサンブラックは、父ブラックタイド、母シュガーハート、母の父サクラバクシンオーという血統。北海道日高町・ヤナガワ牧場の生産馬で、(有)大野商事の所有馬。通算成績は10戦6勝。重賞は15年のフジテレビ賞スプリングS・GII、セントライト記念・GII、菊花賞・GIに次いで4勝目。清水久詞調教師は天皇賞初優勝、武豊騎手は1989年春イナリワン、89年秋、90年春スーパークリーク、91年春、92年春メジロマックイーン、97年秋エアグルーヴ、99年春、秋スペシャルウィーク、2006年春ディープインパクト、07年秋メイショウサムソン、08年秋ウオッカに次いで12勝目。

★1日京都11R「天皇賞・春」の着順&払戻金はこちら

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【天皇賞・春】キズナ“負の流れ”断ち最強証明 2014年04月28日(月) 15:06

 今週は京都で古馬長距離の頂上決戦「第149回天皇賞・春」(5月4日、GI、芝3200メートル)が行われる。一昨年はオルフェーヴルが11着、昨年はゴールドシップが5着と断然人気の惨敗が続いているが、今年は−。産経大阪杯を制したダービー馬キズナが、人気馬の“負の流れ”を断ち切るか。

 今年初戦の産経大阪杯は最後方からケタ違いの末脚を見せて、まさに圧勝だった。凱旋門賞(4着)で“世界”を実感したことが、昨年のダービー馬キズナをひと回り以上たくましくした。

 「展開的に難しいところはあったけど、終わってみれば“さすがキズナ”というレースだった」と武豊騎手が振り返る。その手綱を佐々木晶調教師が、「前が残る流れでも最後方から。馬を信頼し切っているからこその騎乗」とたたえた。

 中間も順調だ。20日の調教の時点で「反動どころか元気いっぱい。疲れ知らずの4歳だ」とトレーナー。23日のCWコースでは6F80秒6、ラスト1F11秒8を単走で楽々マークし、「しまいを少し伸ばしただけ。気になるところはないし何も変わらなくていい馬」と、ユタカも納得の表情だった。

 平成の盾男は89年イナリワン、90年スーパークリーク、91&92年メジロマックイーン、99年スペシャルウィーク、06年ディープインパクトに続く春の盾7勝目に向けて、「位置取りは決めず自分のペースで走るだけ。京都の外回りは合うし、秋の大目標(凱旋門賞)まで勝ち続けたい」。初の3200メートルも問題なく、すごみを増した豪脚でまた馬群をひと飲みするつもりだ。(夕刊フジ)

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【2歳PHOTOコレ】ワンダールミノーザ 2013年05月10日(金) 11:30

ワンダールミノーザ父ヨハネスブルグ母ワンダーアロマ母父イナリワン牝、鹿毛 3月28日生まれ栗東・領家政蔵厩舎馬主:山本信行氏生産:城地清満氏4月18日撮影・産地馬体検査(早来)血統メモ:伯母に95年の桜花賞馬ワンダーパフューム、叔父に99年フジテレビ賞スプリングC勝ち馬ワンダーファング

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【有馬記念】不振馬の巻き返しが目立つGI2011年12月25日() 05:05

 有馬記念では不振だった馬の巻き返しが他のGI以上に目立つ。1989年に天皇賞・秋6着、ジャパンC11着だったイナリワンが4番人気で優勝、天皇賞・秋、JCでまったく同じ着順だった90年のオグリキャップも4番人気で優勝。最近では2007年に天皇賞・秋15着のマツリダゴッホが9番人気で優勝、08年にはジャパンC12着のアドマイヤモナークが14番人気で2着に好走している。

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イナリワンの関連コラム

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ヤエノムテキが逝った。
1988年の皐月賞
まだ競馬というものがわかっていなかった時代
東京で行われる皐月賞に何の疑念もなかった(中山改装中のため)
サクラチヨノオー
スーパークリーク
イナリワン
サッカーボーイ
そしてオグリキャップ
スターホースが多数いた時代
今思えばヤエノムテキが 新馬・沈丁花賞のダート1700mを6馬身・12馬身とぶっちぎったことも
予想ファクターではなかったのかもしれない。
栗毛で真っ白4本ソックス
美しくかっこいい!そう思って 買った馬券だったような記憶である。
僕を大きく競馬の世界に呼び寄せた馬である。
時代の終わり 新たな時代を感じながら 合掌

さて、高松宮記念
カナロアの引退で混戦だ。
人気のストレイトガールは スプリンターとしての資質の高さを示したシルクロードS
6月以降、8戦6勝、2着2回 スプリントは8勝
差し脚質も中京にあう。

ハクサンムーはカナロアと戦ってきた実績がある。
休み明けオーシャンSでは13着と大敗
昨年も巻き返したと評価落とさず!か 終わったとするか

阪急杯4馬身差 コパノリチャード
安田記念馬 リアルインパクト
4連勝 シルクロードS1人気 レディオブオペラ
本格化ムード スマートオリオン
古豪サンカルロ など どこからでも入れる混戦

このパターンのレースは感覚を重視していいと考える。
恐らく 配当に目がくらめば取れないレース
歴史・展開・適性や時計
ファクターは多数だが 結局 強い馬が勝つ! そんな感覚だ。

ヤエノが思い出させてくれた 【六感】 を大切にしたい馬券

ピックアップは 軸1頭 相手2頭
買目を絞って 金額を厚く勝負したい


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2010年12月13日(月) 23:00 ウマニティ編集長
GIメモリアル 〜朝日杯フューチュリティステークス 2010年への序章〜
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G汽瓮皀螢▲襦 1990年 朝日杯3歳ステークス〜

 オタク気質の人間というのは、得意分野において自分より知識や経験の豊富な人間の存在をあまり好ましく思わないものだ(仲良くなってしまえば別だけど)。自分がいちばん詳しい人間でありたい。聞いてくれる人がいたら、知識をひけらかしたい。「すごいね」と一目置かれたい。そんな願望や欲求に満ちている。
 その傾向は若いころほど顕著。とくに同じ趣味を持つ同級生や年下に遭遇した際は、急にライバル心を燃やしたりする。鉄道好きの小学生が集まり、ひとりが「俺は○○線の駅名を全部言えるぜ」と自慢すれば、別のひとりが「俺は○○線が」となる。ひとりが「○○線に乗ったことがあるぜ」と言えば、別のひとりが「俺なんか○○線に」という具合に対抗する。
 小学生なんて知識も経験も浅いくせにプライドだけは高いから、対抗するネタが尽きるとウソが飛び出すこともしばしば。行ったこともないのに「俺は○○に行ったことがある」と言ったり、乗ったこともない電車に「乗ったことがある」と言ったり。子供のころは友人の出まかせを何度も聞いたし、負けたくないあまりに自ら適当なことを言ったりもした。

 小学生時代、競馬が話題にのぼることは皆無に等しかった。おそらく、毎週せっせと見ていたのはひとりだけだったと思う。間違いなく同じ小学校には、自分より競馬に詳しい人間はいなかった。
 中学生時代は一転、競馬のことを口にする友人が増えた。空前の競馬ブームに突入しかけた時代だったこともあり、競馬の知識を持っていると、カッコイイと見られる風潮も若干ながらあった。ただそれでも、聞こえてくるのはG鬼慙△力辰个り。訳知り顔で語る者もいたが、誰も彼も初心者の域は出ていなかった。
 条件馬も守備範囲に入っている俺からすれば、カワイイもんだな〜。
 そこにはいつも、超上から目線で内心つぶやく自分がいた。いま思うと、本当に嫌な中学生である。

 状況が一変するのは、高校生になってからである。入学して間もないある日の休み時間、廊下を歩いているとこんな会話が聞こえてきた。
「春天はスーパークリークで間違いねぇな」
「へぇ、そうなんだぁ」
 見たことのない顔がエラそうに天皇賞の見解を述べている。話を聞いているのは、同じクラスのS本だった。どうせ素人だろうと思いながらも、近くで競馬の話をしている連中を見過ごすわけにはいかない。競馬オタクの闘争心に完全に火がついてしまい、いても立ってもいられず会話に入り込むことにした。
「ま、イナリワンとの一騎打ちでしょ」
 その瞬間、見知らぬ顔から鋭い視線が向けられた。その顔にはハッキリと、「知ったかぶってんじゃねぇ」と書いてある。どうやら抱いている感情はお互い一緒の様子。自分より競馬に詳しいヤツがいるわけがない! 向こうも自意識過剰の競馬オタクだったのだ。
 これが、その後に濃ゆーい競馬鹿青春時代をともに過ごす、H田との出会いだった。聞けばS本とH田は同じ中学出身で、その中学校では競馬がものすごく流行っていたそうなのである。

 先に仕掛けてきたのはH田のほうだった。ヤツは好戦的な性格で、1球目からストレートの剛速球を投げてきた。
「どうせそんなに詳しくないんでしょ。スバルボーイとか言ってもわかんないよね?」
 カチンときた。誰に向かってものを言ってるんだと思った。コイツには現実を思い知らせてやらなければならない。完全に冷静さを失った自分は、アツくなって全力で言い返した。
「目黒記念もブラッドストーンSも見せ場はなかったし、やっぱダート馬でしょ」
「へぇ、けっこう知ってんじゃん」
 いまだこちらを見下ろしながらしゃべるH田に頭にきて、うかつにも小学生並みに応戦してしまった。
ハシノケンシロウって知ってる? 八木沢厩舎の」
「セントポーリア賞はまぁまぁ強かったんじゃない。だからなに?」
 いちいち嫌味なヤツだ。でも、返ってきた答えを聞いて、コイツは本物だと認めざるを得なかった。同世代にこんなヤツがいるとは……。ちょっとビックリした。
 それは向こうもまったく同じ。ひと通りやり合ったあと“お主、できるな”という表情を浮かべ、お互いを認め合った。そして、次の休み時間も同じ場所で競馬の話をしようという約束を取り付けた。オタク同士は打ち解けると一気に絆が深まるもの。H田とは、一瞬にして大親友になったのである。

 この日を境に、年がら年中、H田とつるむようになった。アトサキでジュースを賭けた。2人POGをやった。お金がないので、『週刊競馬報知』を1週おきに交替で買って回し読みした。大きく書けないような悪さもいっぱいしでかした。
 当連載のマイルチャンピオンシップの回で書いた修学旅行時の淀ライブ観戦。もちろん、H田も同じ行動をとっていた。高校3年間の競馬の思い出は、H田なしには語れない。ヤツがいたから、充実した高校競馬ライフが送れたことは間違いないのだ。

 朝日杯と聞いて真っ先に思い出すのは1990年である。12月7日金曜日、誰もいない放課後の教室で2人検討会を開いた。週末に行われるダブルG機朝日杯3歳Sと阪神3歳Sを真剣予想。ふだんまったく当たらないうえ、見解がかぶることのない2人の意見が奇しくも一致した。
「東がリンドシェーバー、西がイブキマイカグラ
 月曜日、学校で顔を合わせるとすぐに、笑顔でガッチリと握手した。「当然でしょ」とかなんとか言いながら、勝った2頭の強さを語り合った。その時間が、ただただ楽しかった。
 以後、2人同時にここまでバッチリ当たったことは一度もない。初めて出会った競馬友達と喜びを分かち合うことができた貴重な瞬間。それゆえに、この年の朝日杯をめぐる一連の出来事は、忘れえぬ思い出として強烈に記憶に残っているのである。
 毎年この週になると、ヤツの顔が脳裏によみがえる。H田は「獣医になって競馬関係の仕事に就く」と言っていたが、浪人中にお母さんが倒れたことを受け、将来の夢を変更。人間を診るほうの医者になった。高校生のときのように、熱心に競馬を見ているヒマはないと言っていた。
 ここ数年会っていないので、久々に連絡をとってみよう。競馬と疎遠になっているのなら、再び引き込んでやろう。この原稿を書いていて、なんとなくそんな気になった。

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2010年04月27日(火) 00:49 鈴木和幸
【鈴木和幸G1コラム】 天皇賞の思い出  船ぅ淵螢錺鵝
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●“イナリワンが必ず勝つ!!” 記者冥利に尽きた平成元年の天皇賞

  
数あるJRAの競馬場の中で、私が一番好きなのは京都競馬場である。

中庭が池になっていて、いつも黒鳥などの水鳥が浮いている。

向こう正面には淀川の土手が隣接し、池越しのこの眺望は、
しばし都会の喧騒を忘れさせてくれる。

コースは3〜4コーナーから直線に出てくるところがとくにいい。

他場のような金属物とか、プラスチックのような柵ではなく、
こんもりとした木だけの緑の生垣で、
草原からサラブレッドが走りでてくるかのようだ。

最近は白いプラスチックのようなものでこの生垣を覆うように、
保護するようにしてしまったため、昔の雰囲気はいささか薄れてしまったが、
それでもいくらか面影は残っている。

池の手前に設置されているターフビジョンが大きすぎないのもいい。

向こう正面がブラインドにならないからである。

 
京都競馬場の春競馬といえば、何をおいても天皇賞だろう。

思い出は語りきれないほどあるが、なかでもイナリワンが勝った平成元年である。

この年、多くの支持を得ていたのは、
直前の阪神大賞典は失格(2着入線)ながら、
その前のステイヤーズS、ダイヤモンドSを連勝していた岡部スルーオダイナと、
AJC杯と日経賞を連勝して絶好調を誇った菅原泰ランニングフリー

この2頭が人気を二分していた。

しかし、日刊ゲンダイの本誌、つまり、私、鈴木和幸はこのどちらにも本命は打たなかった。


ずばり、イナリワンに自信の◎。

 
公営から鳴り物入りで中央入りしてきたこの馬、
初戦のすばるS、2戦めの阪神大賞典で4、5着にズッコケてしまい、
いたく評価を落としていた。

そのイナリワンに自信の◎を打った理由、根拠をこんなふうに記憶している。

 
『前2戦の負けはまったく気にしなくていい。
だってそうだろう、すばるSは落鉄の影響で最終追い切りをビシッとできなかったし、
おまけにレースでは初めて経験する道悪も影響したのだろう、道中掛かり通しだったのだから。

阪神大賞典にしても、肝心の直線でスルーオダイナ(失格)に前をカットされる致命的な不利を受けているではないか。

いわば、この2戦は負けるべくして負けたのだ。

実力を出し切ってもいないレースの結果なんか、気にしてはいられない。

これほど敗因がはっきりしている前2回の敗走で人気が落ちるなら、
それこそもっけの幸いである。

もう一度思い出そう、あの柔らかい、しなやかなフットワークからして、
断じてダート馬ではないことがわかる。

それなのにデビューから8連勝し、
公営のその年のチャンピオンホースを決める東京大賞典を勝っている、
それほど非凡な潜在能力の持ち主であるということを。

そして、目を見張るばかりの今回の追い切り、
GOサインがでると、重心を沈めて、驚くなかれラスト1Fは11秒2をたたきだしたではないか。

中央入りして初めて見るイナリワンの勇姿である。

満足のできるデキになったばかりか、いや、なったからこそ、
天才・武豊に騎乗を依頼したのに違いない。

あの歴史的名馬ミルリーフ(英ダービー、キング・ジョージ6世&クイーン・エリザベスS、凱旋門賞など14戦12勝)を父に持つ、
このミルジョージ産駒イナリワンは、450キロあるかないかの大きくはない体、
柔軟なフットワークを見るまでもなく、ダートより芝の方が断然いい。

ずばり、ダート3000メートルの東京大賞典ではなく、
芝3200メートルの天皇賞向きである。

第99回天皇賞は◎イナリワンが勝つ』



大いなる喜びは、
断言したとおりにイナリワンが勝ってくれたことはもちろんだが、
それだけにとどまらない。

それ以上の喜びがあった。

それは、この“◎イナリワンが必ず勝つ”との私の記事に、
かの有名な五木寛之大先生が目を留めてくださったこと。

そして、イナリワンからの馬券を買われたたそうな。

みごとイナリワンが勝つと、その翌日の月曜日から、
コラム「流され行く日々」の中で、“天皇賞は日刊ゲンダイでV”とのタイトルのもと、
お褒め言葉を3日間も書きつづってくださったのである。

いわく、

『私も物を書いてメシを食っているのでわかるが、
記者の記事の行間からはイナリワンが絶対勝つとの自信がほとばしっていた。

イナリワンを買わずにはいられなかった』

そして、最後に、

『どうせならもっとたくさん買っておけばよかった』

と締めくくってくださったのだ。

 
天下の大先生にこんなにもお褒めいただいたのだ。

心底、「この商売をやってきてよかった」と泣けたし、
記者冥利に尽きるとはまさにこのこと。

忘れようにも忘れられないイナリワンの天皇賞となった。

その晩、友人が設けてくれた祝い酒の席、

「やったな。すごい天皇賞になったじゃないか」

の言葉は春の天皇賞がくるたびに思い出される。

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2010年04月19日(月) 17:00 鈴木和幸
【鈴木和幸G1コラム】 天皇賞(春)スペシャルコラム
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桜花賞◎アパパネオウケンサクラ
皐月賞◎ヴィクトワールピサヒルノダムールエイシンフラッシュで連続的中!

ミスターパーフェクトの異名を取る鈴木和幸が、天皇賞を徹底解剖!

4月26日(月)から毎日、
天皇賞のスペシャルコラムをお届けいたします!

スペシャルコラムの掲載スケジュール


4月26日(月):):レース展望

4月27日(火):天皇賞の思い出  イナリワン

4月28日(水):天皇賞の思い出◆ ディープインパクト

4月29日(木):):調教診断・最終版※NEW!

4月30日(金):出走全馬の短評

5月1日(土):天皇賞の最終予想※NEW!





鈴木和幸

日刊現代で本紙予想を20余年にわたって担当。ダービーニュース時代には
TBSのテレビ番組「銀座ナイトナイト」にダービー仮面として出演。メインレース
予想7週連続的中の記録を作った。日刊現代本紙予想では、58年にその日
の全レースを的中させるパーフェクト予想を達成。日刊・夕刊紙の本紙予想では
初の快挙。著書に「競馬ハンドブック」、「競馬・勝つ考え方」、「競馬新聞の見方
がわかる本」、「まるごとわかる 競馬の事典」(共に池田書店刊)、「競馬◎はこ
う打つ」(日本文芸社刊)、「距離別・コース別・競馬場別 勝ち馬徹底研究」(ぱ
る出版刊)など多数。 

公式サイト
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「天と地」の決戦

 グリーンセンスセラ 2017年04月24日(月) 14:40

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天才・武豊と帝王・岡部幸雄の意地がぶつかり合った「天と地」の決戦。天皇賞・春(G1)に25年の時を経て再び訪れた「世紀の対決」─Gambling Journal ギャンブルジャーナル  / 2017年4月24日 13時15分 http://biz-journal.jp/gj/2017/04/post_3202.html

「(メジロ)マックイーンに対して作戦なんて別にない。とにかく自分の競馬をするだけというか......特に長距離レースの場合には、自分の馬を先にコントロールすること。そっちの方に一生懸命ですよ」
 1992年の天皇賞・春(G1)を前にした記者会見で、トウカイテイオーの主戦・岡部幸雄はそう語った。
 トウカイテイオーVSメジロマックイーン。「世紀の対決」と名付けられた現役王者同士の決戦を前に当時のメディアやファンは何日も前から色めき立ったが、注目の岡部から告げられた言葉はまるで素っ気ないものだった。
 今でこそ武豊が競馬のイメージ大きく変えた結果、騎手がまるで芸能人のように扱われているが、当時、つまりは岡部時代の騎手たちのイメージは「寡黙な職人」といったところ。まだ競馬がファンやメディアの要求に合わせて、それほど気の利いた言葉を発信せずともよかった時代だった。
 だからこそ、まだ23歳の若者に過ぎなかったメジロマックイーンの主戦・武豊も「まず自分自身、メジロマックイーン自身の闘い。出走馬全部との戦い」と当時の競馬界の"帝王"岡部の主張に合わせるように「2強対決」を否定。「まあ、結果として2頭の決着になるんじゃないかというのはある」と言うに留めた。
 だが、公式の記者会見の場では「冷戦」を貫いても、それぞれが東西に分かれた追い切りでは熱い火花が散る一幕があった。
 東でトウカイテイオーの調教をつけた岡部が「地の果てまで走りそう」と、キャリア初の長距離戦に強い自信を示せば、西でメジロマックイーンの調教をつけた武豊が「あっちが地の果てなら、こっちは天まで昇りますよ」と応酬。両者はお互いのプライドを懸け、激しく意識し合っていた。
 岡部がトウカイテイオーとコンビを組んだのは前走の大阪杯(当時G2)が初めてだったが、その強さに対しては絶対的な自信があった。


▶▶▶次のページ 武豊「天に昇ってでも勝つ」という強い意志があった
 それは本馬が無敗で日本ダービー(G1)を制覇し、未だ負けなしの7連勝中だったという事実もあるが、それ以上に岡部は前年のダービーでトウカイテイオーの怪物じみた強さを肌で感じていたからだ。
 トウカイテイオーは、岡部が「史上最強馬」に挙げるシンボリルドルフの仔として、無敗による日本ダービー制覇を父子で達成。単勝1.6倍に応えて、後続を3馬身以上突き放す楽勝劇だった。
 その時の2着馬レオダーバンに騎乗していたのが岡部である。
 ダービートライアルとなる青葉賞(当時OP)を1番人気に応えて完勝したレオダーバンと、確固たる"野望"を持って頂上決戦に挑んだ岡部。しかし2番人気に支持されたものの、トウカイテイオーの前に手も足も出ないまま完敗。その後、岡部とレオダーバンは"主役不在"となっていた菊花賞(G1)を制覇したことで、ますますトウカイテイオーの恐ろしいまでの強さを実感することとなった。
 そこで自身とのコンビを組むこととなったトウカイテイオーが約10カ月ぶり、それも+20圓箸いη和僚鼎任離譟璽垢砲發かわらず、ほぼ馬なりで大阪杯を完勝。普段は寡黙で冷静な男から「地の果てまで走りそう」と、珍しくメディア向けの表現が飛び出したのも当然か。
 いずれにせよ、岡部はトウカイテイオーに対して、それだけ大きな自信を持っていたのである。
 だが、対するメジロマックイーンの武豊にもあちらが地の果てなら、こちらは「天に昇ってでも勝つ」という強い意志があった。

▶▶▶▶次のページ この舞台だけは落とすわけにはいかなかった

前年の春、メジロアサマ、メジロティターンから続く天皇賞・春の父子3連覇の偉業を担った「平成の盾男」武豊。それは自身がイナリワンとスーパークリークで天皇賞・春を連覇していたからこそ託された、メジロ軍団の悲願そのものだった。
 父子3連覇こそあっさりと達成した武豊だったが"重責"から解放されたのも束の間、宝塚記念(G1)では、これまで何度も退けてきた同僚メジロライアンにまさかの敗北。それはまだ"軽傷"だったが、迎えた天皇賞・秋(G1)で単勝1.9倍の人気に応えるように後続を6馬身突き放してゴールするも、まさかの斜行降着処分。
 G1では初となる1位入線馬の降着劇だった。
 本件に激怒したメジロ軍団はJRAの処分を不当とし、一時はメジロマックイーンのジャパンCと有馬記念の出走を拒否する構えを見せる事態に発展。最終的にはどちらにも出走したが、史上初の惨劇をやらかしてしまった武豊の手綱は冴えず(実際に当時の武豊は11月末からずっと連敗中だった)、本来の走りを見失ったマックイーンは連敗を喫した。
 その後、年が替わり始動戦の阪神大賞典(G2)を圧勝していた武豊だったが、やはり「この舞台で、メジロマックイーンが負けるわけにはいかない」という信念があった。決して順風満帆とは言えないコンビだが、この舞台だけは落とすわけにはいかなかった。
 戦前の盛り上がりとは対照的に肝心のレースは、あっさりと決着がついた。

▶▶▶▶▶次のページ 『春の盾は絶対に渡せないメジロマックイーン』『春の盾こそ絶対にほしいトウカイテイオー』

『春の盾は絶対に渡せないメジロマックイーン』
『春の盾こそ絶対にほしいトウカイテイオー』
 勝負所の第3コーナー「淀の坂」を走り抜けた際、早くも先頭に立とうとするメジロマックイーンと、それをマークするトウカイテイオーに対して、実況の杉本清氏がそんな言葉を贈った。メジロマックイーンにはチャンピオン・ステイヤーとしての意地があり、トウカイテイオーとしてはこの距離でマックイーンを倒してこそ「現役No.1」を名乗る資格があった。
 しかし、両雄による意地のぶつかり合いは最後の直線に入るまで。4角先頭からの横綱相撲に出たメジロマックイーンとは対照的に、脚色を失い後退を余儀なくされるトウカイテイオーは結局5着に沈んだ。
 あれから25年。キタサンブラックの主戦・武豊は、今度はC.ルメールとサトノダイヤモンドを相手に「世紀の対決」へ挑むこととなる。
 歴史は変わるのか、それとも繰り返されるのか――。淀の長丁場で再び、王者同士の意地が激突する。
(敬称略)            

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