週末に行われる中央重賞の過去の優勝馬をピックアップして回顧し、競馬の長い歴史の狭間できらめいた馬を紹介する「中央重賞懐古的回顧」。第22回は1982年の牝馬東京タイムズ杯(現在の府中牝馬Sに当たる)優勝馬スイートネイティブを取り上げる。
当時の古牝最強馬スイートネイティブと「幻の三冠牝馬」と称された3歳馬ビクトリアクラウンが激突したのが1982年の牝馬東京タイムズ杯(東京芝1600m)だ…と鼻息荒く語ったところで、何しろ40年も前の一重賞。固有名詞が一つも分からないファンの方もいらっしゃるかも知れない。ここは双方について多少の説明が必要だろう。
5歳のスイートネイティブはパーソロン産駒。若い頃は膝の骨折と脚部不安と体質の弱さに悩まされて使い込めなかったが、歳を重ねてパンとしてきた。桜花賞馬ブロケードを破った6月の安田記念が初重賞。この時点ではまだ皆半信半疑だったものの、続く七夕賞にてサーペンプリンス以下を一蹴したことで一目置かれるようになった。手綱を取った岡部幸雄騎手は「ハクセツ、ジョセツ以上」と自身のキャリア初期を彩った姉妹を引き合いに出して高く評価した。外国馬相手のジャパンCを前にして負けられない一戦。
対する3歳のビクトリアクラウンはオークス馬オーハヤブサの孫に当たる令嬢で、「牝馬作りの名人」稲葉幸夫調教師肝煎りの一頭。春は骨折に泣き、桜花賞とオークスを断念している。だが稲葉師が「テンモン(1981年のオークス馬)以上の逸材」と期待を懸けるだけあって地力は相当なものがあり、復帰戦のクイーンSを制して当時の3歳牝馬の秋の大一番・エリザベス女王杯へ向け好発進。牝馬上手の嶋田功騎手を背に、こちらも負けられない。
中山記念勝ちのエイティトウショウや、同年の春クラシックをそれぞれ制したリーゼングロスとシャダイアイバーが出走回避。しかし戦前から岡部騎手と嶋田騎手が丁々発止の舌戦を繰り広げたことで、一騎打ちムードは一層盛り上がりを見せた。2022年で言えばソングラインとスタニングローズがぶつかるイメージに近いのかも知れないが、後者と比較するとビクトリアクラウンはスケールが一枚上だろうか。ともかく上位人気を分け合った2頭は、お互いにやっぱり負けられない。
しかしながら、勝敗は呆気なくついた。先に動いて直線抜け出しを図ったスイートネイティブを後方待機のビクトリアクラウンは捉え切れず、馬体を併せることもなく5歳の先達に軍配が上がった。この時点での実力の差もあったのだろうが、パーソロン産駒の切れ者であるスイートネイティブに対してビクトリアクラウンは母方に由来する渋いタイプ。マイル適性の差こそが明暗を分けたのだと私は思う。
スイートネイティブはこれで重賞3連勝。使い減りしやすい彼女にとって、千葉の牧場で仕上げてから厩舎へと送り出すシンボリ牧場の外厩システムは適していたのだろう。続くジャパンCでは衆寡敵せず敗れ去り、翌春骨折によりターフを去ることになるわけだが、彼女の成功体験が後に登場する同父同厩のシンボリルドルフの管理に及ぼした影響は大きいはず。牝駒が少なかったため血筋はそれほど残せなかったスイートネイティブだが、後世に向けて意義ある存在であったと言えよう。
スイートネイティブ
牝 鹿毛 1977年生
父パーソロン 母スイートフランス 母父Exclusive Native
競走成績:中央15戦8勝
主な勝ち鞍:安田記念 牝馬東京タイムズ杯 七夕賞
(文・古橋うなぎ)