最新競馬コラム

紅顔の美少年&隻眼の異邦人

 999

  ◇1981年11月22日快晴。東京競

馬場における第一回ジャパンカップのパド

ックは、いまだかつてない国際色に彩られ

ていた。北米からの3頭、カナダからの3

頭と、残りのもう一頭…いや、1人を見た

とき、誰しも息を呑み、うわぉ~とか、何

だあれは~と(心の中では)叫んでいたに

ちがいない。黒ずんだ肌の、純白のターバ

ンを巻いたそのグルーム=厩務員は裸足、

素足で馬を曳いていた。調教場が霜で覆わ

れる寒空の下で…オーマイゴッド!

 「ちょっと、見てよ、洋ちゃん」

 一緒にパドックに降りていたHさんが袖

を引っ張って、ゼッケン⑩番のオウンオピ

ニオン(Own Opinion)を指さ

した。

 「分かってます。インドの競馬、厩務員

…凄いですね。」

 JCにおける、「世界の競馬」との衝撃

的な出遭いの1つだった。

 ◇そのころ、藤野広一郎さんはパドック

の中にいた。藤野さんは府中在住の歴史学

者だが、『優駿』などJRAの出版物に寄

稿していた競馬通で、フランス語、英語が

堪能ということもあってか、国際課のJC

担当スタッフに迎えられていた。専属の職

員とともにラッド=調教助手、グルームな

どの身辺の世話をしたり、意思疎通をはか

ったりする楽屋裏のシークレットサーヴィ

スのような仕事をしていた。そのムッシュ

ー・ウジノ(フランス語ではHは発音しな

い)のお蔭で、かけがえのない貴重な体験

をさせていただいた。

 「佐藤さん今夜、彼らを連れてイッパイ

やりに行くから、一緒に来ませんか?」

 『風来坊』での〝親睦会〟や、ナントカ

というスナックでのカラオケ大会にも同席

させていただいたし、藤野邸での最後の晩

餐(招待馬の帰国寸前)にも招ばれた。実

は、M・ウジノはフランンス料理のシェフ

を目指して修行した料理人でもあった。 

 「オマエをコックにするために大学に行

かせたのではない!」という厳格な母上の

一括で、泣く泣く断念したという。

 ◇当然ながら国によって飲み物も食べ物

も違う(とくにイスラム教圏は厳しい)。

それらすべてを承知のうえでアレンジされ

た、幻のシェフの料理はすばらしかった。

カフェもワインももてなし方も、うっとり

するくらいにトレビアン!だった。インド

人もアメリカ人もカナダ人も、あるいはア

イルランド、イギリス、イタリア、ドイ

ツ、フランス人も、馬を世話している人間

特有の優しさをたたえていたし、無口では

あっても、安易には妥協しない頑なさを端

々にのぞかせた。そんな多彩なラッドやグ

ルームたちのなかで、生涯忘れることので

きない強烈な個性に出会った。アイルラン

ドのライアン厩務員。

 ◇フランス馬に颯爽と跨っていた金髪の

美女にはカレシがいたらしい(男たちは皆

残念がった)が、ライアンのカノジョはま

ぎもなくスタネーラだった。前年4着の雪

辱を期して再来日(第3回)したとき、ス

タネーラは進退窮まる体調不良に苛まれ

た。スクミ。コズミが深化して〝身がすく

む〟ような状態、体の筋肉が硬直して動け

なくなる重篤な症状に陥っていた。筆者の

記事を読んだとおっしゃる高橋力さんに後

日手紙をいただいたが「レースを使うのは

とても無理」という重症だった。高橋さん

は当時JRAの獣医師だったが、退職され

てダーレージャパンの創設者(代表)にな

られたときには、あの獣医さんが?と驚か

された。それはともかく、高橋獣医はあら

ゆる手をつくしてできる限りの治療を試み

たすえに、意気消沈しているライアンに助

け船を出した。「私たちにできることはす

べてやった。あとは馬がどこまで回復する

かにかかっています。とにかく動かすこ

と、運動させることがすべてです。筋肉が

ほぐれて乳酸などの疲労素がなくなれば走

れるようになる。保証はないけど、とにか

く馬を動かし続けてください」

 ◇ライアンは府中に移動したその日から

スタネーラの引き運動を倍増した。朝、昼

だけでなく、夜も引きまくっていた。風来

坊やスナックでワイワイやっている途中に

ライアンがそっと消える(国際厩舎の自転

車で)のを不思議に思って藤野さんに聞い

たら「スタネーラを引っ張るんですよ。た

ぶん競馬場の芝コースを何周も…」

 ◇その「地球を一周するほどの引き運

動」によってスタネーラのスクミは奇跡的

に解消し、キョウエイプロミス(実は坂上

で剥離骨折していた)、エスプリデュノー

ルとの壮絶なデッドヒートを制したときの

ライアンの泣き顔、大粒の涙に胸を打たれ

てもらい泣きしてしまった。そのライア

ンが国に帰り、調教師と喧嘩して独立した

という話も藤野さんから聞いた。

 「JC後に引退させるはずだったのに、

欲を出してもう1年走らせると言い出し

たらしい。彼女は十分働いたし、もうママ

になりたがっている。やめてくれ!って」

 ◇自分が調教した馬でまた、必ずJCに行

くとライアンは言っていたらしいが、あれ

からすでに30年近い歳月が流れている。ラ

イアンはまだJCを目指して調教師をして

いるのだろうか。『プライベート・ライア

ン』(スティヴンスピルバーグ監督、トム

ハンクス主演)ではないが、ライアン捜索

にアイルランドに行ってみたくなることが

よくある。とくにギネスなどの黒生ビール

(愛のそれはズバ抜けて旨い、らしい)を

飲んだときに。続く→

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