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GIメモリアル ~ジャパンカップ 2010年への序章~

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GIメモリアル ~ジャパンカップ 2010年への序章~ | コラム | ウマニティ

GⅠメモリアル ~1990年 ジャパンカップ

 1990年代の府中のGⅠと言えば、個人的には徹夜の歴史である。
 土曜日の夜に東京競馬場を目指し、正門前に伸びる列の最後尾にシートや段ボールを敷く。それが“日課”だった。
 並ぶのは決まって一般席の列。指定席のほうに徹夜で並んだことは、生涯一度しかない。そのたった一度が、競馬史上に残る悲劇の舞台となった98年天皇賞(秋)なのだから、なんともタイミングが悪い。生まれて初めてのガラス張りのスタンドから、4コーナー付近へと向かう馬運車をぼう然と眺めていた――― “徹夜指定席”にはそんな辛い記憶がある。
 人間、慣れないことをするものではない。

 一般席を好む理由は、安く上がるという経済的な事情以外にもいくつかある。早く並べば並ぶほど、思いのままに席を確保することができる。“席取り”は基本的に褒められる行為ではないが、遅れて来る仲間のために席を用意しておけることは大きかった。
 また、複数人で徹夜をする際は、パドック班、スタンド一般席班、ウィナーズサークル班などに分かれ、それぞれの最前列を押さえることにより、常に特等席で競馬を満喫することができた。写真撮影もバッチリだった。競馬ブームのピーク時は、メインのパドックを見たら最後、席に戻ってこられないなんていう状況にもなったが、それはそれで懐かしく、微笑ましい思い出である。

 そしてなにより、“徹夜一般席”が楽しかったのは、同志と過ごす朝までの時間だ。指定席の場合、定員に達するとそこで整理券が配られ、「朝の○時に番号順通りに並び直してください」と、いったん解散させられる(当時の話。現在は把握しておりません)。集合時間が来るまでは、クルマの中で待とうと、深夜営業をしているファミレスや居酒屋で時間をつぶそうと、自由自在だった。徒歩圏内に住んでいる人なら、一度家に帰って寝ることもできた。
 しかし、一般席の場合はそうはいかない。原則、列から離れてはいけないので、開門時刻までその場にいる必要がある。しかも、列が一定数伸びるたびに警備員による整理が行われ、前に詰めるように指示が出る。このときにグループ全員が不在にしていると、これがもう、悲惨なこと悲惨なこと。シートや荷物は脇においやられ、場所取り用の新聞紙は容赦なしに踏みつけられてしまう。
 だから、いかなる事態にも対応できるように、どっかと我らがスペースに陣取って動かないようにしていた。そして、仲間と有意義な時間を送るための“イベント”をたくさん開催した。これが実に楽しかったのだ。

 酒盛りをした。ウノやトランプをした。ボードゲームをした。あるときは折りたたみ式の正方形のテーブルを持ち込み、マットを載せて牌を転がし、麻雀に興じた。
 もちろん、競馬談義にも花を咲かせた。翌日のレースの予想を披露して、あーでもない、こーでもないと語り合った。
 競走馬名しりとりをした。GⅠ馬山手線ゲームをやった。創作競馬クイズを出し合った。
「おととしのブラッドストーンSの3着馬は?」
 一般席の列に徹夜で並ぶ輩なんてのは、揃いも揃って競馬バカだから、こんな無茶な問題にも誰かが答えていた。出すほうも出すほうだが、答えるほうも答えるほう。オタクが集まり、マニアックな話題でアツくなれば、あっと言う間に時間は過ぎていく。気付けば日の出を迎えていたなんてことは、いつもの話だった。

 90年代初頭は、ダービーを除くと、一般席の徹夜組はわずかしか出なかったので、だいたい周囲の面々も見たことのある顔ばかりだった。
「あー、どもども」
 年齢や職業はもちろん、名前さえも知らない“同志”とあいさつを交わし、腰を据える。時には初対面の前後のグループと仲良くなり、一緒に盛り上がったりもした。相手は9割9分が人生の先輩たちだったので、学んだことや初めての経験となったことは数知れず。これが刺激的であり、魅力的でもあった。あくまで翌日のGⅠレースが“メインイベント”なのだが、若いころはそこに至る過程さえも楽しみたいという思いがあったのだろう。

 さて、長~い前ふりはこれにて終了。そろそろ本題に入る。
 過去に最も印象に残っているGⅠレースの徹夜。それが、90年のジャパンカップなのである。
 当時はまだ“徹夜初心者”だったので、必要最低限の装備で、わずかな荷物しか持っていかなかった。11月下旬の東京の寒さを完全にナメていた。一緒に並んだ話し相手兼遊び相手は同級生のIくんひとり。あまりの寒さにトークが弾むわけもなく、30秒に1回くらいのペースで互いに「寒い」を口にするだけ。そんな状態が1時間も2時間も続いた。
 人間は、体の寒さが限界近くに達すると、意志とは無関係に走り出してしまうということを初めて知った。体を動かして体温を上げなければ死ぬぞと、本能が訴えていた。
 自販機から調達してくるホットの缶コーヒーも焼け石に水。
 もう、帰りたい……。
 何度も何度も心が折れそうになった。
 でも、信じていたから朝まで耐え抜くことができたのだ。明日の15時25分過ぎに素晴らしい瞬間が訪れる。必ず、オグリキャップは復活すると……。

 開門ダッシュをして席を確保してから、メインのファンファーレを聞くまでのことはなにも覚えていない。心身ともに衰弱しきっていたから、一時的に記憶力も低下していたのだろう。「寒い」の次の記憶が「ファンファーレ」。その次が、あの(オグリファンにとっては)「絶望的な最後の直線」である。
 人生で最も辛かった徹夜が、オグリキャップの生涯最低着順の一戦を見るためのものになってしまった。 ヒキの弱さは馬券だけで十分なのに……。自分の“才能”を当時はどれだけ恨んだことか。

 毎年、この時期になると、あの日のことを必ずと言っていいほど思い出す。20年が経過したいまもなお、目を閉じれば瞬時によみがえってくるあの寒さ。そして、レース後に茫然自失状態でスタンドに立ち尽くす自分の姿。まさかこの1カ月後に、想像だにしなかったミラクルが起こるとは、誰が考えようものか。
 だから、いまはこう思うようにしている。
 90年ジャパンカップをめぐる出来事は、有馬記念で得る感動を至極のものにしてくれる最高のスパイスだったのだと。寒さ、辛さ、絶望感。味わったのは試練ではなく、競馬の神様がくれた、ある種のご褒美だったのだと。

 ナイス!(21

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