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遙かなる草原の輝き
◇『優駿』発刊800号記念8月号が郵
便物のなかに埋もれていた。「未来に語り
継ぎたい不滅の名馬たち」が特集されてい
た。位からディープインパクト、ウオッ
カ、ナリタブライアン、オグリキャップ、
シンボリルドルフ、サイレンススズカ、エ
ルコンドルパサー、トウカイテイオー、ダ
イワスカーレット、テイエムオペラオー…
(11位シンザン)と続き、ダービー8
勝、不滅の史上最強調教師・尾形藤吉翁が
「史上最強馬!」と断言したクリフジは4
0位。史上初のそして史上〝最強健〟三冠
馬セントライトは…かろうじて77位にそ
の名をとどめている。
◇投票した人たちの偏見や不明をとがめ
るキモチなどさらさらない。レースも実馬
も見たこともない馬たちと、自分が肉眼で
見てきた馬たちとの優劣の比較、評価を正
当に下すことなどできるはずもない。そも
そもこの種の人気投票は、〝肉眼〟がとど
く範囲の身近な対象に票が集中する。投票
者が圧倒的に若年層に偏るから、知ってい
る馬と知らない馬との差は限りなく広がっ
てしまう。早い話が、これから20年後、
30年後に同じようなアンケートをとった
とき(若者が年老いたとき)、果たしてデ
ィープインパクトがシンボリルドルフ(5
位)やトウカイテイオー(8位)くらいの
位置にとどまっていられるかどうかも疑わ
しい。ディープが歯が立たなかった凱旋門
賞、ブリーダーズCなどを勝つ馬が続々出
現していたとしたら…。
◇20世紀最強馬とか史上最強馬という
アンケートを募ったときに、世代(年齢)
別の回答を詳しく見てみたい。たとえば1
0代~20代、30代、40代、50代、
60代超といった、それぞれの世代の回答
(同人数)を表にして示し、投票理由をも
載せる。さらにそうした世代間で討論させ
るなどの企画があってもよい。なぜなら、
紛れもない高齢化社会のなかで、競馬(馬
券売り上げ)に貢献してきたのも、今現在
それを支えているのも、圧倒的に中~高齢
者たちのはずだからだ。
◇自らの狂気のために自爆したサイレン
ススズカのような〝狂走馬〟が人気を博す
のなら、エリモジョージやカブトシローに
だって同等、それ以上の評価を下す世代だ
ってあるにちがいない。
◇これは個人的な心情だが、はじめてサ
イレンススズカの馬房を覗いたとき、あま
りに異様な光景に衝撃を受け、しだいに言
いようのないむなしさと憐憫の情ががこみ
上げてきた。
◇薄暗い馬房のなかで、その馬は目をギ
ラつかせ首を下げ、ひたすら堂々巡りして
いた(人間でいえばなにやらブツブツ独り
言を言っているような、唸っているよう
な)。天井からぶら下がっているタイヤや
らビーチボールやらチャラチャラした装飾
品のような障害物をかいくぐり、押し分け
て、憑かれたように、一方向(左回り)に
旋回し続けていた。何百、何千という馬を
見てきたが、これは、さすがに、コワかっ
た。
「いろいろ試してみたけどダメやね。こ
の通り、この癖は治らんわ。一日中回っと
る」
サク癖(ぐいっぽ=馬栓棒などを噛む
)、熊癖(ゆうへき=前肢を開いて体を揺
する。熊の動作に類似。舟揺すりともい
う)、前掻き(馬房の土間に大きな穴を掘
った馬もいた=ダービー前のキタノカチド
キ)など、さまざまなヘキ馬を見てきた
が、サイレンススズカのそれは後天的なヘ
キ(ストレスや退屈しのぎによって発生す
るとも言われている)とは異質のもの、も
っと根源的な、生まれながらの因子ー血の
宿命ーに思えた。
◇イタリアの魔術師F・テシオと並び称
さられるフランスの奇才M・ブサックはイ
ンブリード(近親交配)によって名を成
し、破綻したと言われている。速い馬、強
い馬(レースに勝つ馬)を探求するための
品種改良、淘汰がサラブレッドのルーツ、
現実であることを前提にすれば、ブサック
の功罪(とくに罪)そのものが21世紀の
サラブレッドに反映されているとも言って
も過言ではない。3頭の祖(胤)をもとに
交配、改良を重ねられてきたサラブレッド
が永遠に進化するなんてことはありえな
い。インブリードの繰り返しによって肉
体、精神障害を発症する馬たちが増殖し、
勝ち進む馬の多くが心技体整った正気では
なく狂気のをはらんだ、傍若無人なタイプ
に変貌してゆく。SS系などその最たるも
ので、強烈なインパクトを与えはするが、
競走馬が本来持っていなければならない品
格、高貴さを喪失してしまっている。真に
強い馬とは何なのか?
◇18日のサンスポ(極穴馬絞り)にも
書いたが、初代三冠馬セントライトは3月
15日のデビュー戦から菊花賞制覇までの
7ヶ月しか競走馬としてのキャリアは持た
なかった。がその内容は想像を絶するほど
に濃密かつ驚異的なものだった。デビュー
戦そのものが根岸(横浜)で、府中の厩舎
から人馬(小西喜蔵騎手)ともども歩いて
移動しなければならなかった。新馬の2週
間後の皐月賞も、ダービーを勝って夏休み
を経ての秋初戦も根岸に行き、競馬を終え
てすぐに横浜駅から貨車に乗って京都に移
動、6日後に2400㍍のオープンを叩い
て8日後の本番・菊花賞を圧勝!
◇片道9時間の府中→根岸の徒歩だけで
も、ディープインパクトのような蹄の弱い
馬にはできる相談ではない。「脚も丈夫だ
ったし体も強くて病気など一度もしたこと
はなかった。それでいて競馬に行けば凄い
闘志をもやし、競れば絶対負けない。気性
も穏やかでどんな競馬でもできた」
小西喜蔵調教師(セントライトとともの
三冠制覇)はその三冠の進上金(賞金)を
国債で受け取ったが、日本が戦争に負けて
国債が紙屑となり、「みんなパーになっち
ゃった」。
◇昔だからそういうこと(徒歩で移動)
もできたのではない。サラブレッドの淘
汰、改良の頂点(強く、速い馬の生産)は
20世紀半ばに極まった。あとは進化する
のではなく変化するのみ。と、英国の学者
が宣言したのを見聞したことがある。昔の
馬いうが、実はクリフジやセントライトの
強さは心身ともにゆがんでしまっている今
の競走馬のレベルを遙かに超えていたのか
もしれない。セントライト記念を前にし
て、そうした真の名馬に思いをはせつつ◎
を決めた。果たして!?
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